第24話 万姫と綱條

 ジメジメした梅雨の季節、障子紙も湿気を含みブヨブヨになる。

エアコンなど無い江戸時代は、囲炉裏いろり火鉢ひばちに火をつけて部屋を乾燥させていた。


「雨の日は退屈~~~~」畳にうつ伏せになり、手足をバタバタと動かす。

「今日は稽古場で伯さまたちと、一刀交えてはいかがですか?」

「伯と稽古なんかしたら、面白がってボコボコにされるだけだよ!」


 私の家臣三人は、恐ろしく強い。三人が本気でやりあったら誰が勝つのかな・・・


うつ伏せの体制から、腕立て伏せを始めた。

脳筋女子は回遊魚マグロと同じく、動いてないとしかばねみたいになる


「万姫様、よろしいでしょうか」

襖の向こうの畳廊下から覚兵衛の声がした。

「は~い、どうぞ~」


 素早く書机の前に座り直して写本を開き、ニッコリ微笑みながら、覚兵衛に顔を向ける。

「いかがされました?」

私の代わりに紅が覚兵衛に聞いた。


「江戸に着いて数日経ちましたから、そろそろ藩主の綱條様に御挨拶ごあいさつしませんか?」

「綱條さま?」(初めて水戸城に入った時に声だけ聞いたような・・・・)


「表面上は御兄妹ごきょうだいになりますので、一度もお会いしないわけにはいきませんから」

「藩主のいもうと・・・わかりました、御挨拶にうかがいます」



 梅雨の晴れ間の水戸藩上屋敷 小石川邸 

「庭が広っ!水戸の保和苑ほわえんどころじゃないわ」

紫陽花あじさいが綺麗な所ですね?紅も一度、大殿様に案内された事があります」


「保和苑って、あの蕎麦屋の近くのか?俺は紫陽花より天麩羅がいいなぁ」伯の基準は食べ物なんだね

「そうだよ。おさきちゃんと良く行ったし、父上のお気に入りの庭園なんだって」


「この庭は、大殿様が完成させた庭園でございます。それはそれは、お力の入れようが違いましたから・・・ご自身でも植栽されました」

植木の陰から庭師が答えた。


「父上、何でもやるのね。好奇心のかたまり


 庭師に案内されながら庭園を見て回った。

蒸し暑くてひと休みしたくなったころ、池のはた野点のだてがしつらえてあるのを見つけた。


「これぞ お・も・て・な・し 合掌!」

甘い和菓子に抹茶の組み合わせが、日本人の心を和ませる。


 お茶を飲みながら紅たちと雑談していると、覚兵衛と一緒にチャラそうな中年のオジサンが近づいてきた。

「やあ!楽しそうだね、わたしも仲間に入れてもらえないかな?」


「殿!お久し振りでございます」

紅と伯がシュタッとしゃがみ込んで、片膝をつく。


「殿?この方が藩主の、私のお兄さん?」

「君が万姫かい?私の妹よ!」

なんか、想像してた人と違って藩主っぽくないというか・・・


 藩主綱條公は、光圀公の兄 松平頼重まつだいらよりしげの子で光圀公の養子になり水戸藩主をいだ万姫の従兄弟いとこである。


「初めまして、まりと言います」

軽くお辞儀をする。

突然ガシッとハグされた。


身動きが取れず、どうしたものか戸惑っていると

「未来とか言う所の挨拶は、こうして抱き合うのだろう?父上が神隠しにあった時にそうしていたと、聞いたのだ」

「ははははh・・・そうですね・・・日本人はあんまり、やらないけど・・・」


 挨拶もそこそこに屋敷内に移動する。護衛を連れているとはいえ、広い庭園では何がひそんでいるかわからない。


「万姫は江戸見物に来たと聞いたのでな、私から可愛い妹に何か贈り物をしようと幾つか揃えてみたのだ。気に入ってもらえると嬉しいぞ」

そう言うと、部屋の一つを指差し女中に襖を開けさせた。


 部屋の中には、ズラリと衣文えもんかけにかけられた淡い色合いの着物や畳の上には、鏡・かんざし・化粧箱の他に南蛮貿易なんばんぼうえきの品々が置かれていた。


「こんなにたくさん頂けません」

「気に入らなかったかな?」

「そうではなくて!贈り物にしては多すぎます!一つでいいんです」

「なんと!万姫は欲がないな」


「身内なんでハッキリ言いますけど、藩の財政赤字ざいせいあかじ無駄遣むだづかいするアホがどこにいるんですか!藩主だからって領民の税金で贅沢ぜいたくしていいわけないでしょ」


「なんと!ずいぶんハッキリ申したではないか。確かに藩の財政は赤字だが、経済を回さなければもと全体の領民が苦しむのだよ。」


「赤字は水戸藩だけなのでは?」

「日の本全部の藩が財政赤字や破綻はたんしているのだ、各藩かくはんの大名たちが好き放題やっているからどこの領民たちも飢餓きがに苦しんでいる」


「国の政治家せいじかは何をやっているんだ!」

「私も将軍綱吉公しょうぐんつなよし進言しんげんしているのだが、まるで聞く耳持たんのだ」


 水戸藩主が江戸に常駐するのは、将軍に直接意見する相談役だからだ。光圀公も将軍綱吉にハッキリばっさり「うつけ」「あほう」などといっていた。

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