第23話 吉保の誤算

 どうやら、昨晩さくばんの浪人は刺客しかくだったようだ、無関係な人物ではなくて良かった。

屋敷の者が同心どうしんから聞いたと話していた。

 

 光圀公を良く思っていない大名は多い、すきあらば水戸藩の家臣をねらおとしめようとするのだ。

私は安堵あんどして、いびきをかいて寝ている伯の脇腹わきばらった。

「いい加減かげん、起きろ!」


万姫さまに刺客の存在を知らせねばなるまい。さぞ怖がらせてしまうだろうな。


 紅に取り次ぎ、二日酔ふつかよいの弟子でしを連れて万姫さまの元に向かう。

「おはようございます、万姫様。昨晩さくばんは良くお休みになられましたか?」

「おはようございます。父上に手紙を書いていたら、そのまま寝落ねおちしたみたいで・・・・」


「覚さま、ご心配にはおよびません。紅が布団ふとんへ姫様をお運びしましたから」

紅は、お姫様抱っこのポーズをとると恍惚こうこつした表情で何かを妄想している。が、・・足では前のめりに居眠りする伯をグリグリ踏みつぶしている


 紅の言おうとすることは理解できないが、刺客が私たちを狙っていることを伝える。

「昨晩、私たちを狙う刺客と遭遇致そうぐういたしました。万姫様も外出なさる時は、お一人で行かれないで必ず紅と伯を連れていってください。」

「そうなの?でも、刺客は伯がやっつけたんでしょ?」


「刺客は一人ではございません。次々と江戸へ送られてくるのです」

「紅が命がけで御守おまもりいたしますわ」

いつの間にか伯を畳に組み伏せて、背中に乗り足を引っ張っている。


「命はかけてほしくないけど、それなら用心しなくちゃね」


 今ひとつ危機ききとする状況をのみ込めないのは、平和な時代に産まれ育ったせいでもございましょう。覚兵衛は気持ちのおびめ直した。



 江戸城下えどじょうか 家老柳沢吉保邸かろうやなぎさわよしやすてい

「・・何?しくじりおった?」


闇討やみうちを狙ったが、かえり討ちにあったらしいと」

家老の取り巻きの一人が、耳打ちする。


「くそっ!あのジジイを、いつまで生かしておくつもりだ!・・・藤井!藤井を呼べっ」


 藤井紋太夫徳昭ふじいもんだゆうのりあき

光圀公の元家臣であったが、数年前から能役者に転身する。

「ご家老、あまりしんぞうおどろかすな。止まってしまうぞ」


「藤井!なぜ上手くいかんのだ?腕の立つ者を揃えておらんのか!」

「お言葉ですが、今回の狙いは安積覚兵衛あさかかくべえではなかったはず。目標をちがえたゆえの敗北でございますよ」


「💢!!ええええいどいつもこいつも!」

柳沢吉保は無言で地団駄じだんだんだ。


 能役者のうやくしゃに限らず歌舞伎役者かぶきやくしゃ旅芸人たびげいにん、スポンサーを確保しなければ役者として成功しないのだ。

藤井も、もう少し若くて美太夫びだゆうだったら色小姓いろこしょうにされていたかもしれないが。


 もう一人のスポンサー、鈴木市十郎と酒を飲んでいた時に呼び出された。

市十郎とみ直すため飲み屋に戻ることにした。


「待たせて悪いね、家老のご機嫌取りも楽じゃないよ」

「俺も同じ様なものだ、御隠居のワガママに翻弄ほんろうされまくってるし」

徳利とっくりの酒をお猪口ちょこに注ぐと、二度目の乾杯をする。


「御隠居は元気かい?もう何年も会ってないからな。どうしているのか気になっていたところなんだ」

「相変わらずの好々爺こうこうやだよ、好奇心がおとろえることはないな。おまけに、いつの間にかこさえた姫娘ひめむすめまでいたんだから」


「娘?初耳だな」

「今回は、その姫様の江戸見物に付き添って来たんだ」

「ふ~ん、覚兵衛と姫ねぇ・・・・」



 水戸藩上屋敷 小石川邸

「覚兵衛ではないか!父上も一緒か?」


「いえ、綱條様つなえださま此度こたびは万姫様のおともで参りました」

「万姫とは?」


水戸藩三代目藩主 徳川綱條公は藩主であるが、江戸に常駐している。

「領民との間にお産まれになった姫様でございます」


「なに?隠し子がいるのか?歳はいくつだ?」

「十六とおっしゃっております」

「十六か・・年の離れた妹とは、さぞ可愛いのだろうな・・・覚兵衛、姫をサッサと連れてまいれ。ぜひ会ってみたいぞ」


ニヤニヤしながらくうを見つめる綱條公のへきが見えてしまった。

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