第22話 隅田川

 万姫として初めて人をさばいた。

相手が誰であろうと、あの△川氏は同じ態度だっただろう。

 

そんな出来事が起きた府中宿ふちゅうじゅくから先は、より一層水戸街道を楽しみながら歩くことにした。


 牛久宿うしくじゅくでは、牛久の大仏様が無くてガッカリしたり、取手から船で利根川を渡ったあとの小金宿こがねじゅくは、江戸から3つ目の宿場町というだけあって、大きな町屋敷がズラリと並んでいた。

その中でも水戸藩専用の本陣屋敷ほんじんやしきは特に大きな屋敷だった。


江戸の町 もちろん高層ビルなど無い

 隅田すみだ水戸藩下屋敷みとはんしもやしきに着く頃には、陽が暮れていた。


「姫さま、お疲れになったでしょう?今日はもうお休みになられたらいかがですか?」

「もう少し起きてる。ママと父上に江戸に着いたって手紙書きたいから」

「それは、大殿様おおどのさま御母上様おははうえさまも喜ばれますね」


 屋敷中やしきじゅう行灯あんどんをかき集め、書机しょづくえの周りに置く。

障子窓しょうじまどを開けると目の前に隅田川すみだがわが流れ、水面みなも月明つきあかりにらされキラキラと輝いている。


(八月には花火大会があるし、冬までここに居ようかなぁ)

軒先のきさきつるした江戸風鈴えどふうりんが、初夏の夜風でリ~ンとった。


 その頃、男たちは江戸の花街はなまち 吉原よしわらり出していた。


治世ちせいを知るなら花街に限る♪」

「都合のいい言葉だな・・・あくまで調査ちょうさのためだからな羽目はめを外すなよ」

「わかってるよ!それより師匠、どの見世みせにしますううう?・・・うひょーたまんねぇ」


 はかまの前をつかんでピョンピョン飛びねながら、格子こうしのぞき見する伯の後ろ姿を、覚兵衛はあきれ顔でながめるしかなかった。

「ダメだこりゃ」


 結局、鈴木市十郎の馴染なじみの妓楼ぎろうに行くことになった。

懐具合ふところぐあいも関係するので、ここは大いに甘えよう。

花魁おいらん 夕凪ゆうなぎの部屋に来た。


旦那だんな、今日はえら高貴こうきなおかたを連れてきたでありんすなぁ」

しなを作り、市十郎のひざに手を置く。


御隠居ごいんきょの家臣殿だ、丁寧ていねいにもてなしてくれ」

「そうでありんすか。では・・・」

夕凪は禿かむろに小声で何か指示を出す。

「あい、おいらん」

部屋を出ていく禿。


「お武家様ぶけさま吉原ここ初見はつみでありんしょう?あちきに全ておまかせくださいな」

「花魁、かたじけない」


 キョロキョロソワソワ落ち着きのない伯のしりを、床に置いた刀のでつつく。

「うにゃ!」

「落ち着きなさい」

「いやいや、師匠。これが落ち着いていられるかって!俺は極楽浄土ごくらくじょうどに来ちまったのか?」


 そんな師弟していのやり取りを、花魁のしゃくを受けながらめた目で見る市十郎。

「お呼びですか?花魁」

 新造しんぞうと呼ばれる遊女ゆうじょ二人が部屋に入ってきた。


「こちらに」

花魁がかんざしで覚兵衛と伯をす。

「あい」


 新造の二人に酌をしてもらいながら、今回の旅の目的を花魁にさぐってみる。

「花魁、柳沢吉保やなぎさわよしやすという人物が上様うえさま家老かろうになられたと聞いたのだが、ご存知ぞんじか?」

「あい、急な出世しゅっせでありんしたから吉原ここでも話題わだいになっているでありんす」

「急な出世ねぇ」


 やはり、何か裏があるのだろう。そう簡単に家老などになれる世の中ではないのだ。いくさ功績こうせきを残すとかしないかぎり・・・


柳沢のもとに忍び込ませた間者スパイが上手く探ってくれれば良いが。

 

 今宵こよいは、市十郎を妓楼ぎろうに残し小梅邸こうめてい《水戸藩下屋敷》に戻ることにした。

伯の泥酔具合でいすいぐあい尋常じんじょうではないからだ。(このガキ飲み過ぎだ)


 今はフラフラと千鳥足ちどりあしで、隅田川すみだがわのほとりをそのまま川面かわもに吸い寄せられるように歩いている。

落ちるのではないかと目が離せないが、不思議と落ちない。


「う・・・」

はくく?

汚物おぶつよごされてはかなわぬ、すかさず離れる。


 伯はスルスルと道端みちばた長屋ながや隙間すきまに近づくと、シャキン!

金属きんぞくれる音がした。


またフラフラと川沿かわぞいに歩いてきてしゃがみ込み、刀を支えに

「うおえ~~~~~~」

長屋の隙間で何をしたのか見に行くと、三度笠さんどがさかぶった浪人ろうにんが刀ごとたおされていた。


「う~む・・血はあらそえない・・・か」


翌朝よくあさ二日酔ふつかよいの伯に何故なぜ浪人ろうにんを斬ったのか聞いた。

「へぇ~~?俺、そんなことしました~~?う・・あだま、いで~~~」


 覚えていないようだ。伯が生まれる前、こいつの父親も泥酔して、闇討ち狙ってきたやつを鉄砲ごと斬り倒したんだっけな。


自分たちをねらった刺客しかくならば良いが・・・バレてもこのまましらを切り通すか。


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