第21話 宿場町

 この日は水戸街道みとかいどう府中宿ふちゅうしゅく宿やどをとることに決めた。

水戸藩専用の本陣屋敷ほんじんやしきだ。


 田舎特有の長屋門ながやもんを入ると、立派な屋敷が目の前に現れる。

宿場町しゅくばまちって初めて来たけど、ここは旅館りょかんじゃないんだね」


 馬の背中から荷物を降ろす覚兵衛に聞く。

旅籠屋はたごやもございますが、水戸藩の者は専用の宿があるのです。頻繫ひんぱんに出入りするため、すぐに対応たいおうできる商家しょうかにしないと何かと準備が大変ですからね」


 玄関の上がりかまちに座り、湯をったおけに足を入れ、こうに軽くマッサージをしてもらう。

「水戸から石岡いしおかまで歩くことなんて人生初の体験だから、ふくらはぎがパンパン」

「姫さまは馬にも乗らずに歩きましたから、さぞお疲れでしょう?」


「失礼いたします万姫様、お食事は部屋でお召し上がりになりますか?広間で皆様とご一緒になさいますか?」

屋敷の主人しゅじん丁寧ていねいな口調で聞いてきた。


「もちろん皆と一緒にお願いします」

「さようでございますか、では広間にご用意させていただきます」

「ありがとう」


 屋敷の女中じょちゅうに部屋まで案内されて、お茶の用意までしてくれた。

「お食事の用意が出来ましたら、ご案内させていただきます」

「わかりました」

(江戸時代の民家の食事ってどんなのだろう?)


 しばらく部屋でくつろいでいると、先程の女中が呼びに来た。

夕食は、基本の一汁三菜いちしるさんさいあゆの塩焼きと果物くだもののビワがオプションで付いてきた。

常陸国いばらきけんってどこでも米が美味おいしいのよね。

夜食やしょく梅干うめぼしのおにぎり作ってもらおうかな)


 夕食の終盤しゅうばん、ビワの大きなたねを自宅の庭に植えようと印籠いんろうの入った袋に入れていると、屋敷主人やしきしゅじんが誰かとめる声が聞こえてきた。


「おやめください!困ります、今日はお引き取りください」

「うるさい!離せ!わしを誰だと思っている!」

「いけません!」

何故なぜわしが旅籠屋はたごやなんぞに泊まらねばならんのだ!ええいどけ!」


ドカドカとわざとらしく足音をたて、広間に近づいてくる。

覚兵衛かくべえはくこうが素早く刀を持ち身構みがまえる。

バタン

(あーあ、ふすまり飛ばしたよ・・このおっさん)


 仁王立におうだちしてじろりと室内を見渡す。

「おぬしらのせいで、わしが旅籠屋なんぞに泊まる羽目はめになったのだ!部屋を明け渡せ!平民どもが!」

「おい!家主やぬし!誰だよこのおっさん」伯が怒鳴どな


 血相けっそうを変えてあわてて主人しゅじんが広間に入ってきた。

「申し訳ありません、結城藩ゆうきはんの△川様ほにゃかわさまでございます」

「平民のくせに、わしに逆らうのか!」

いかりにまかせて刀を抜き、り上げた。

「いけません!△川様!」


カキーーーン

川氏ほにゃかわしは紅に刀を払い落とされ、首元くびもと短剣たんけんを押し当てられている。

伯は刀を△川氏の顔面かおにピタリとくっつけて、ほんの少しでも動けば皮膚ひふが切れてしまう。


小癪こしゃくな・・・」

あっけにとられる私。あまりに二人の動きが早かったから何が起きたのか、わからなかった。


「あ!・・っちゃダメ」

「いかがいたしましょうか?」

私の前に立ちふさがる覚兵衛に問われ、しばし考える。


「こういう時は奉行所ぶぎょうしょまかせたほうがいいのかな?」

「お優しいですね、姫様は。では姫様が沙汰さたを」

(沙汰?)

「ああ!これね」


 巾着袋から印籠を出す。

「はい。おじさんこれ見て」

伯が一歩下がる。しかし紅は動かない。

【ここにわす方をどなたと心得こころえる】


「ごじん、こちらのお方は水戸藩 中納言様ちゅうなごんさまの姫君であらせられる。おひかえいただこう」

「姫だと?そんな馬鹿ばかな・・・」

グッと紅の短刀が首に食い込み、皮膚が切れ赤い血液のすじが一本、首筋に流れた。


それでも何か言いたげな△川氏に、今度は伯が右手を後ろにねじ上げた。

「おじさんのことは、藩の奉行所に任せます」

△川氏は、抵抗むなしく力なくひざからくずれ落ちた。


 徳川光圀中納言とくがわみつくにちゅうなごん愛娘まなむすめやいばを向けてしまった罪は、決して軽くはないだろう。

府中藩ふちゅうはん身柄みがらを渡し、極刑きょくけい





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