第20話 江戸へ②

「まりちゃん、この人たちは?」

ぼんに乗せた湯吞ゆのみが、小刻こきざみみに動く。

「あはは、私が連れてきたお客さん」


「そうじゃなくて・・・・」

おさきがフルフルした手で湯吞を置く。

続いておじさんが天丼を持ってきた。

「とりあえず食べてから説明するね、いただきます。」

 

 どのネタから食べようか。

小エビのかき揚げ・うど・ワラビ・茄子なすたけのこetc.しゅんの野菜を使っている。

どんぶりを持ち上げ、ご飯と茄子なす天麩羅てんぷらを大きく頬張ほおばる。うんうまい!


 茄子の水分と菜種油なたねあぶらが天つゆと一緒にご飯にみ込み、口の中にじゅわっと広がる。天つゆをまとったサクサクのころもがグイグイ胃袋いぶくろ刺激しげきあたえる。


「いいねぇ。相変あいかわらず見事な食べっぷりだね、まりちゃん」

おじさんがお茶のおかわりを入れながら、うれしそうに話す。

「だって、美味おいしいんだもん!おじさんが作る天麩羅てんぷら


 蕎麦そばを食べていた商人の鈴木市十郎が、ジッとこちらを見ている。

「おやじ、おれにも天麩羅をくれないか?」

(天麩羅食べたかったんかい!)


「へい、まいど」

「ご当主、おれも!いいっすか?」

「おれも!」

商人の連れたちが、次々に注文した。


「姫さま、いい宣伝せんでんになってますね」

「覚兵衛さんたちは?おいしいよ」

「私たちは万姫さまにお使つかいする身ですから、蕎麦をいただけるだけで充分じゅうぶんです」

覚兵衛も紅も忠実ちゅうじつな家臣だ。

伯は、私よりも先に天麩羅食べてるけど・・・


(私は、いい雇主あるじになれるのだろうか)


「材料が無くなったから今日は店じまいだ。おさき、暖簾のれんを片付けておくれ」

「はあい」

おさきが暖簾を片付けるため店の外に出る。


「ありゃ、おじさん申し訳ない。私たちが食べつくしちゃった?」

「いいんだよ、満員御礼まんいんおんれい。明日の仕込みをしてるからゆっくりしておいき」


 暖簾を片付けて店に入ってきたおさきに声を掛ける。

「今日はね、おさきちゃんに話があったの」

「なあに?あらたまって?」


「私ね、これから江戸に行くの。いつ帰るかは分からないけど、しばらく会えなくなるんだ」

江戸見物えどけんぶつ?いいじゃない、行ってきて!帰ってきたら江戸の土産話みやげばなし、聞かせてね」


おさきは観光に行くのだと思ったようだ。

(ちょっと違うんだけど・・ま、いっか)

「うん、楽しんでくるね」


 探偵たんていまがいのことなど、心配させちゃうから言わないほうがいい。

「ところで、まりちゃんのこと姫さまって呼んでるこちらの方たちは?どなた?」

「あーー何て説明すればいい?」


覚兵衛の顔を見た。

「姫さま、わたしからご説明いたしましょうか?」

「うん、お願い」


おさきも覚兵衛の方を見る。

「私たちは、万姫様まんひめさまの家臣でございます」

「万姫様?って誰?」おさきは首をかしげる。

「おさきちゃん、私のことよ。大殿様が私に名前を付けてくれたの」

「どうして?大殿様が?」


そうだよね、一般市民いっぱんしみん殿様とのさまが名前を付けるなんてありえないことだもの。

覚兵衛が、続ける。

「万姫様は大殿のご息女ごそくじょなのです」

「ご?」


「私ね、大殿様の娘なの」

例の印籠を巾着袋きんちゃくぶくろから出して、おさきに見せた。

「・・・・え!え!えええーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

店の中に、おさきの声がひびきき渡った。


「まりちゃんが・・・まりちゃんがお姫様だなんて・・・私は今まで何て無礼ぶれいなことを・・・・・」

「おさきちゃん。私たち友達でしょ?今まで通り、仲良くしましょう」

「まr・・万姫さま?いいの?」

「当り前じゃない!私の大切な友達だもの」


 友情を再確認して、一行いっこうは江戸へ立つため店を出る。

振り返ると、おじさんとおさきが店から見送りに出てきてくれていた。

「行ってくるねーーーー」

二人に手を振る。

親子は、私たちにゆっくりとお辞儀じぎをした。





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