第19話 江戸へ

 温泉で、二泊三日のリフレッシュ休暇きゅうか満喫まんきつしたのち西山御殿に戻ってきた。


「父上、ただ今戻りました」

「ああ、おかえり。温泉は良かったかい?」

「はい。湯治場とうじばは初めてでしたが、湯加減ゆかげんが最高でした」


ただひたすら、食べて寝て湯にかりの繰り返し。夜は満天まんてんの星空。湯治最高とうじさいこう

「そうか、楽しかったようだね。では、明日から江戸に出発してもらおうかな」

「明日からですか?」


「準備は出来てるよ、後は・・・いち、入りなさい」

控えの間に誰かがいたようだ。

「失礼いたします」


 いかにも『金持ち商人あきんど』な格好かっこうをした青年が入ってきた。手に小箱を持ち、閉めたふすまの前に座る。

藩内はんないの商人、鈴木市十郎すずきいちじゅうろうだ。江戸では顔が広いから、こやつを同行どうこうさせるといい」


「初めてお目にかかります万姫様、鈴木市十郎と申します」

小箱を手前に置き、深々と頭を下げた。


「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」つられて同じように頭を下げた。

「くっ?」こうにあごを持ち上げられ、首だけ上を向く。

「万姫様、下人げにんに頭を下げてはいけません。堂々とそのままの状態で!」


 身体からだを起こして、たたずまいを直す。

「ほっほっ、紅の教育は厳しいのぉ」

無表情で市十郎は小箱を前に突き出し

御隠居ごいんきょ、これを」


「ほいほい、出来上がったのか?どれどれ」

小箱を手に取り、ふたを開ける。

「ふむ、これは良い出来だ。いいだろう」


そう言うと、小箱の蓋を開けたまま私に持たせた。

「これは?」

「見たことあるだろう?」光圀公は、いたずらっぽく微笑む。

(見たことある?)

謎の言葉に疑問符ぎもんふが浮かぶが、小箱の中の和紙をめくり中身を見る。


「!!!これ!・・うわぁ、本物だぁ」

【ひかえおろう、この紋所もんどころが目に入らぬか】


 水戸の土産物みやげものでよく見る印籠いんろうだ。

感動感動!江戸時代で本物見られるなんて感動しかない。

目をキラキラさせて、そっと箱から出す。


「それは薬入れに使うといい」

「薬?」

「私はね、旅先ではらを壊すから丸薬がんやくを入れていくんだよ」

「そうなんだ、知らなかった。ずっと警察手帳みたいなものだと思ってたから」


 水戸藩主は参勤交代さんきんこうたいが無い。江戸屋敷に常駐じょうちゅうしているので、家臣が水戸から江戸に行くときは関所せきしょもフリーパスなのだ。


「では皆の者、頼んだよ」

「「御意ぎょい!」」


 明朝みょうちょう、万姫一行は旅人たびびとの格好をして市十郎たちと合流した。


「覚兵衛さん江戸に行く前に、友達の家に寄りたいんだけどいいかな?」

「かまいませんよ。しばらくはお会いになれませんからね、御挨拶ごあいさつしておくのもよろしいかと」

(今もしばらく会ってないんだけど・・・・)

蕎麦屋そばやのおさきちゃんに会いに行く。


 数週間ぶり?店の暖簾のれんの下から店内をのぞく。

「こんにちはー。おじさん、おさきちゃんいる?」

「おやおや、ずいぶん久しぶりだね。さきなら、裏で野菜を洗ってるよ」

「ありがと、裏に回るね。あ、それからお客連れてきたよ」

店の前で待っている覚兵衛たちに、店に入るように手招てまねきする。


「皆で腹ごしらえしよう、私は店の裏に寄ってから中に入るね」

「万姫様、紅もおともします」

「大丈夫よー、中で待ってて」

「ちょー腹減った、姫様が言ってんだ早く入ろうぜ」

伯は護衛ごえいの自覚があるのか無いのか、こういう時は素直だ。しかし、最近言葉使いがチャラいな。


店の裏に回ると、井戸水で野菜を洗うおさきが手を止めて店内を気にしている。

「おさきちゃん」

おさきが肩をビクッとさせて振り向いた。


「まりちゃん!やっぱりまりちゃんだったのね!声がしたから」

おさきは立ち上がり、前掛まえかけで手をきながらけ寄ってきた。


「なかなか来れなくてゴメンね、家の用事でいそがしくてさ」

「ううん、気にしないで。毎日のように来てくれてたんだもの、また会えてうれしい」

両手をにぎり、女子高生のように飛びねながら喜んでくれた。


「今日は、お客も連れてきたからね」

「ほんと?ありがとう」

そのまま裏戸うらとから店内に入った。


調理場ちょうりばから、食欲をそそるこうばしい匂いがする。

「おじさん、私はいつもの天丼てんどんね」

「はいよ、大盛りかい?」

「今日は並で・・・」いつもは大盛りだが、さすがに家臣の前では気が引ける。


「まりちゃん、わたしはお茶を運ぶから座って待っててね」

「はーーーーい」


 お茶を運んできたおさきが、家臣たちを見て固まる。

(そうだよねー、店内満席のお客たちは私の家臣と連れの商人あきんどたちです。)



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