第18話 くノ一

「ちちうえ・・ちちうえ・・ちちうえ・・おちちうえ?」

「話はまだ終わっておらんよ。まりたちには、江戸まで行ってもらいたい」

ブツブツと父上呼びの練習をしていたが、唐突とうとつの出張命令がでた。


「江戸?トーキョー」

「まだこの時代は東京ではないが、江戸で不穏ふおんな動きがあるのでな。顔を知られていない、まりたちに探りを入れてもらいたい」

「おおおお、探偵たんていみたいなもの?」


 光圀公を失脚しっきゃくさせようとする者が近年、怪しい動きをしていた。

「まりには、江戸に行くための身の回りの世話をする女子おなご従者じゅうしゃをつける」

そう言うと、パチンパチンと扇子せんすを鳴らす


今度は襖が開いて、朱色あかねいろの忍者が入ってきた。女忍者くのいちカッコイイ!

「やっと出番ですか?待ちくたびれましたよ、殿」

「怒るなこう、娘の万姫だ」


女忍者くのいちが畳一枚分離れたところにひざまづき、目線を下げる。

「お初にお目にかかります、万姫さま。くノ一 こうでございます、本日より万姫様付きの忍びとしてお使いくださいませ」

「!!!ここ、こちらこそよろしくお願いします」


 この日から江戸に行く準備が始まった。

旅支度たびじたく』の前に、馬に乗る練習しないとかごに乗せられてしまう。

覚兵衛は忙しそうだから、紅に教えてもらうことにした。


江戸時代の馬は、固有種こゆうしゅ。西洋のサラブレッドよりも小柄こがらで、足が太く荷物を運ぶのに特化したような見た目だ。


「馬に乗る際に、注意するすることはタダ一つ。馬の後ろに立たないことです、蹴られたらシにます」

「それ以外は?」

手綱たづなこうが引きますから、何も心配いりません」

(自分で操縦そうじゅうしたかったんだけどな)


 江戸に出発するまで、西山御殿にしやまごてん乗馬じょうばの練習や古文こぶん漢文かんぶんの読み方、ちゃはなのお作法を叩き込まれた。紅の方が守役もりやくみたいだね。


 当の守役、伯は、というと覚兵衛と剣術の稽古のほか、現代の言葉使いを教え込まれてた。侍の言葉使いは堅苦かたくるしいからね。


正座で足がしびれる、茶道も華道もはっきり言って飽きてきた。

座学ざがくは苦手だな、私は体を動かすほうが得意なのよね」


「人並みの作法が身についてなければ、徳川の姫様とは言えませんよ。殿が馬鹿ばかにされます」

「お姫様もつらいわ・・・」

「とは言え、息抜きも必要ですわね。万姫様、湯治とうじに行きましょう」

「とうじ?」

 

 江戸出張組の四人で、〖四日よっかの湯〗と言われる湯治場とうじばに来た。現代の横川温泉よこかわおんせんである。江戸時代の温泉は小さな湯小屋ゆごやが建っているだけで旅館が無いのがほとんどだ。しかも混浴こんよく


「覚さまと伯さまは、小屋の外で見張り!いいですか?くれぐれものぞかないように」

「誰が覗くか!貧乳ひんにゅうなんか」

「貧乳じゃないから!」


「こらこら」

伯は覚兵衛に襟首えりくびを猫みたいにつかまれて、わきによけられた。

「わたしがこのガキ・・伯を見張っておきますから、ご心配なく」

ぶちぶち文句を言う伯をよそ眼に、私と紅は湯小屋に入る。


師匠ししょう!江戸に着いたら吉原よしわらに連れていってくれ。遊女ゆうじょ豊満ほうまんな谷間に顔をうずめたい!」

「遊女だって豊満とは限らないぞ?・・そういや、紅はぐとすごいって弥七やしちが言ってたな・・」


 脱衣場だついじょうで着物を脱いだら、おどろいた。

忍者とは着瘦きやせするのね、さらしはずした紅の身体ボヂィはボンキュッボン‼うらやま!


 湯小屋に立ち込める湯気ゆげの中で、さらに白くたおやかつ引き締まった紅の身体に、男性なら飛びつきたくなる気持ちが私にもわかる。

「万姫様、お背中流しますわ」

「ありがと」


てぬぐいで背中を洗ってもらう。

白い紅の手が気持ちいい、忍者なのにゴツゴツしてない。


「ねえ紅は独身ひとりみ?」

「なんですか?突然」

「若くて綺麗きれいだから結婚してるのかな?って思った」

伴侶はんりょならいますよ、同じ忍びですが」

紅はクスッと笑うと、外の月を見上げた。


へぶしっ!

(忍びたるもの風邪ふうじゃなんぞにかかってはおられん!今はヒカル殿の見張りが大事だいじだ)

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