第16話 抜刀術

 万姫は、はくから剣術けんじゅつを習うことになった。

中学生の時に、剣道部だったから少しは心得こころえがあるつもりでいた。

しかし実戦向きではない。

伯の剣術は居合道いあいどう新田宮流抜刀術しんたみやりゅうばっとうじゅつ)だと言う。


 初代藩主しょだいはんしゅ 頼房公よりふさこうから光圀公の警護専門の家臣に和田平助正勝わだへいすけまさかつという、光圀公お気に入りの男がいた。

和田平助正勝は新田宮流抜刀術の開祖かいそ、自身の子らに厳しく指南しなんした。


 その当時は、光圀公警護の同僚どうりょう 花房平太夫はなぶさへいだゆうと仲が悪く、事あるごとに衝突しょうとつしていた。

 ある日、花房のゴリ押しで御前試合ごぜんじあいを行うが月とスッポン。提灯ちょうちんがねだった。

御前試合の詳細しょうさいは、『和田平助わだへいすけ 鉄砲切てっぽうきり』が有名である。


ザザザザ カン バシッ

「痛っ・・くっ・・はっ!」

キン 

涼しげな顔の伯に、いとも簡単に木刀ぼくとうがはじかれる


ビリビリと手がしびれた。

「はあ・・はあ・・くっそー・・・またはじかれた」

「ふっ、もう息が上がってるのか?まだ始めたばかりだぞ」

「むかっ!まだまだこれからぁ」木刀を拾い打ち込む


バシッ

簡単にあしらわれる。

延々えんえんその繰り返しで、小手こてさえ狙えないのだ。


 二時間くらい続けただろうか、さすがの脳筋女子のうきんじょしでも体力の限界まで打ち込みを続ければバテる。


「もう無理・・・休憩きゅうけいさせてぇ~~水~~~~」

板の間をつんいで移動して水筒に手を伸ばす。

「情けねぇな。いっこうに上達しないし、そんなことでは刺客しかくに襲われても逃げられねぇぞぉ」

「そんなこと言っても無理なものは無理!刺客は伯がやっつけてよ。あ~~こんなところに青なじみ《あおあざ》ができてるぅ」


 今日は二ノ丸の道場で、朝から稽古けいこに励んでいる。水筒に麦茶を入れて持って来て正解だった。

伯の稽古はスパルタ教育で、水分補給すらさせてくれないんだもん。


 道場どうじょうの壁に背中を押し付けりょうをとる。壁の隙間すきまから風が来るのだ。

道場内には数人の男たちが、木刀で派手な音を打ち鳴らしながら、時折こちらをチラ見している。江戸時代の女剣士おんなけんし余程よほど珍しいのだろう。


 休憩時間きゅうけいじかんを延長するため柔軟体操じゅうなんたいそうを始めたら、三人のガラの悪いさむらいが道場に入ってきた。

真ん中のリーダー格が、ニヤニヤこちらに目線を向けながら腰巾着こしぎんちゃくの二人に話しかけている。(感じわる~~い)


「おや~抜刀平助ばっとうへいすけじゃないかぁ、今日は御姫様おひめさま子守こもりかぁ?」

「げはははは」


 真ん中の奴が、伯に話しかけてきた。ほかの二人は下品な笑い声で、金魚のふんみたいにくっついている。

(ここは、とある小説の魔法学校ぢゃないぞ!)

 

 伯は三人を無視している。

無視されたのが気に食わないのか、伯の右斜みぎななめ下から顔を覗き込むようにかがみこむ。

「何か言ったらどうだ?み~んな、お前のお姫様の悪口言ってるぜ?『女に剣術なんか必要ない』って」

(なにこいつ!ムカつくっ!)


時代錯誤じだいさくごはなはだしいな。今どき、女も自分の身は自分で守らなければ生きていけないっていうのに」

私のことをチラリと見てから、伯がさげすむような見下みくだした目で相手を見た。


花房はなぶさ、それに俺の名前は抜刀平助ではない」

花房という男は、すくっと姿勢を戻すと伯に目線を合わせる。バチバチとした、何か因縁いんねんの関係を感じた。

今にも刀を抜いて、斬りあうのではないか?そんな緊迫きんぱくした空気をただよわせている。


侍同士おとこどうしのいがみ合いってやつ?いつの時代も面倒くさいね。

「何をしている?稽古の途中ではないのか?」

 

 覚兵衛かくべえがいつの間にか来ていた。二人の間に入って、花房の方を見る。

「道場外の者は出ていきなさい」

「チッ。今日はうわさ姫君ひめぎみを見に来ただけだ、お前ら帰るぞ」

そう言うと腰巾着の二人と、そそくさと道場を出ていった。


「あいつらに何か言われたのか?」

伯の方を見て覚兵衛が聞いた。

「いえ、たいしたことでは」

「そうか、姫さまの噂が奴まで届いたか。では今日はここまで。万姫さまを大殿おおどのがお呼びなのでな」

「大殿様が私に、ご用?」



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