第12話 玉子焼き

水戸藩豪商 鈴木家

「まったく!御隠居ごいんきょには無茶ばかり頼まれる!」

「ご当主、今に始まったことではないでしょう」


 市十郎いちじゅうろうのもとに、光圀から大量の仕入れリストが届いたのだ。

「だけど!この大量の米や食糧と女物の着物、男物の着物。樽酒たるざけにわとりまで居やがる!これを一日で揃えろってか!?」


 城への献上品けんじょうひんなので、一つ一つに手作業でふうをして屋号印はんこを押さねばならない。

それを一晩で、こなさなくてはならないのだ。


「まだあるのか?あと何個だ?」

番頭の惣兵衛そうべえに聞いた。

「いえ、あとは荷車にぐるまに積み込むだけです」

「ごとーしゅー!荷車が来ましたぜーー」


市十郎は屋敷の外に出て、荷積みを確認する。

「馬に引かせるのか?」

「人が運べる量ではないので、馬を使います」


 この時代の荷車はタイヤ部分が木で出来ているから、とにかく重い。

人員削減のためにも、江戸吉原に紅花べにばなを卸すときは、船で運んでいる。

「馬に乗るくらいなら、俺は行かないぞ。ケツが痛くなる」


 しろから派遣されてきた役人と、鈴木家が臨時で雇った農民で荷物を運ぶことになった。

明け方に荷物は水戸城に到着したが、何故なぜか城を素通りして小さな民家に辿り着いた。

まりたちの行列と入れ違いに。

 

 農民たちは役人の指示で荷車から荷物をおろし、日銭ひぜにを受け取ると

荷車と一緒に帰らされた。


コケッコッコーーーーーーーーーーー

いつの間にかとりカゴから出ていたニワトリが鳴く。


 一方、城では光圀の案内で城内を見て回る万姫(まり)たちを、家臣や侍女たちが驚きの声や念仏をとなえる声で歓迎してくれていた。


「化け物じゃないって!失礼な。」

「ほっほっほ 水戸の民は、まだ洋服を見たことないんだよ。江戸や島原には西洋人ヨーロピアンるから不思議ではないがな」

江戸時代の西洋人?歴史の教科書で見たかも・・・


「エリマキトカゲみたいな服を着た人たちね?ザビエルさんだったかしら」

「そこまで古くなくない?」

母の歴史知識は戦国時代で止まっているようだ。


 ひと通り見学し終わると、お膳が用意されていた。

江戸時代の味付けは塩・味噌みそ醬油しょうゆおもで、玄米ご飯に汁物、かぶの煮物、漬け物にふかし芋。どれもしょっぱかった。砂糖は貴重品らしい。

(うううううううタンパク質が足りない・・・・大洗の新鮮な海鮮丼が食べたい!!)


「どうだい?美味しくないだろ?わしは、40年前の妙子の料理が忘れられなかった。城の料理人たちに試行錯誤しこうさくごしてもらったが、手に入る材料が少なくてね。もうあの味には出会えないのかと諦めていたんだ」


 しょんぼりと光圀公は、白髪まじりの眉毛を八の字に下げた。しんみりした雰囲気を打破するように、母 妙子が自分のトートバッグから弁当袋を出す。

「ママ、急にどうしたの?」

「お昼に皆で食べようと思って、作ってきたの」


 タッパーのふたを開けると、甘くしっとりとした匂いが広がる。

それは、艶々つやつや黄金色こがねいろかがやく玉子焼きだった。


「それは!もしや、玉子焼きではないか?」

前のめりにタッパーを覗き込む光圀公の目は、子供のようにキラキラしている。


「そうよ、子龍も大好きな甘い玉子焼きよ」

光圀公へのちょっとしたサプライズだったようだ。

もちろん私たち親子も大好きな玉子焼きである。


 黄身きみが濃厚でオレンジ色の奥久慈卵おくくじたまごに、昆布で取った出汁だしとたっぷりの砂糖を加えて、焦げ付かないようにゆっくりと火を通す。折り重ねながら、ふっくらと仕上げる。


 母が光圀公のお膳に玉子焼きを取り分け、手渡そうとした。

「ちょっと待ったあああああああああ」

覚兵衛が叫ぶ。


何事なにごと

全員の視線が覚兵衛に集まる。

「大殿、毒見どくみが先です!」

「おいおい!毒見て、妙子が毒など盛るわけなかろう」

「万が一です、ずはわたくしが毒見をさせて頂きます」


光圀公の皿を横取りして、覚兵衛さんが口に入れようとする。

「何をするんじゃ!これは、わしのために妙子が作ってくれた玉子焼きだぞ、返せ!」

光圀公は覚兵衛のはしを持つ右手首をつかんで、自分の口へ引き寄せる。


 子供のケンカのような二人を他人事ひとごとのように眺めながら、私たちは自分の玉子焼きを食べた。

「覚兵衛さんも、甘い玉子焼きが食べたかったのかな?」

「ただの毒見だろ」








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