第8話 葵の御紋

 畳敷たたみじきの客間きゃくまに、ちょんまげ。

(似合いすぎる!)

訪ねてきた侍は緊張している様子で、差し出したお茶にも手をつけず、じっとこちらを見ている。


 二本の刀を左側に置いてあるのがすごく気になるけど。

剣道部の顧問こもんに聞かされたことがある。

右利きの侍が、刀を左側に置いているのは直ぐに刀を抜くことができるからだ。

警戒心けいかいしんむき出し


母がためらいがちに聞いた。

「あの~今日は、どういったご用件でいらしたのですか?」


侍のひたいから汗が流れてきた。

「せっつ・・拙者せっしゃ町奉行まちぶぎょうをしている者で・・昨日さくじつ町人ちょうにんから、奇妙な格好をした者を見たと・・・それで参ったのだが、、、」声が尻すぼみになっていく


「変なの、誰にも会わなかったけど?」

「きっと、塀の隙間すきまからのぞいてたのよ!こうやって!」

両手をかざして隙間から覗く真似をする母は、人のこと言えないと思うが・・


「それで?俺たちをらえに来たってことか?」

腕組みしながら、珍しく低音ボイスで兄が侍を威嚇いかくしてる

「いやいや、滅相めっそうもない。悪事あくじを働いたわけではございませんので・・ただ・・殿様が、城に連れて来いと・・」


「お城に行けるの?」ガタッ

母は立ち上がり、くるくると回っている。(喜びの舞?)

「ママ、落ち着こうか」

母をとにかく座らせる。


 ひかるは眉間にしわを寄せて、更に威嚇するするように

「お殿様が連れて来いって?なんで?」

「理由なんか何だっていいじゃない!お城に入れるのよ!早く行きましょ」


 母は城に行ければ理由など何でもいいのだ。

ひかるのこめかみに漫画のような怒りのマークが浮かんでいる

「その前に、元号を知りたい。将軍は誰なんだ?」

「げ、、げんごう?」侍は自分に質問された内容が理解できなかったようだ。


慶長けいちょうとか寛永かんえいとか」

母の説明で解ったようだ。

「ああ、元禄げんろくです。干支は癸酉みずのととり・・」


「もう大丈夫です、ちょっと待ってね。よいしょっ」

何やら母が、首に下げていたひもを引っ張り出した。


 紐の先には小さな巾着袋が付いていて、中には紙が入っていた。

「元禄癸酉なら、、1693年、旧暦だから四月くらいかな?将軍様は犬公方いぬくぼうね」

「何を見てるの?」

引っ張り出した物を見せてもらった。


「なにこれ、年表?うわーびっしり書いてある」

「母さん、水戸の藩主は?」

母が顔を近づけて小声で話す

綱篠つなえだ公よ。あ、人前で殿様の本名言ってはダメよ。斬られちゃうから」


 三人でコソコソ話してるのが気になったのか、侍が割って入ってきた。

「拙者!そろそろ、城に戻らねばならぬので。失礼だが、奥方おくがたの名を聞かせ願いたい」

「え?私?中澤妙子です。こっちは嫡男ちゃくなんのひかると娘のまりですう。お見知りおきを」

「では、明日みょうにち改めて迎えに参る」

そう言って侍は逃げるように帰って行った。


「なんだろうね?殿様」

「うふふ、お城に入れるのよ。楽しみしかないわ」

スキップしながら部屋の中を回っている母は、まるで子供だ。


 翌朝、壁の時計は八時を指している。

外からザラザラと音がする、いつものようにラッパ♪で起こされるのとは違い気持ち悪い。


「まりーーお迎え来たわよ、起きなさーい」

「はいはい、起きました」

昨日の夜、母から城に行くのだから正装しなさいと言われたが・・学生の正装といえば学校の制服である。


フリーターのひかるは?

「スーツとネクタイなんて入社式以来だよ」

(サラリーマンは毎日着てるよ、入社一ヶ月で辞めた兄貴)

「ひかるの成人式には、羽織袴はおりはかまを着せようかしら?」


 母は私の卒業式に着ていた、訪問着ほうもんぎと言う着物姿だ。さすが気合い入ってる。

「お待たせするのは悪いわ、早くいきましょう」

玄関の引き戸を開けて、ぎょっとした。

「うわっ!大名行列?」


 侍たちが片膝をついて、かがんだ体制でズラッと並んでいる。

列の中ほどに時代劇でよく見る、黒塗りの箱に金色のあおい御紋ごもんが書かれたかごがあった。


 その籠に向かって話しかけている人がいる。

大殿おおどの、おいでになりました」

「ふむ、けよ」

籠が開いて人が出てきた。


 高そうな着物を着た老人が近づいてくる。

母が頭を下げたので、私も真似して頭を下げた。

「ほっほっほ!久しいな、妙子殿」

(母を知るこの人は誰!?)


「子龍、逢いたかった。あのときの約束守ったわよ」

「へ?どーゆーこと?」

にっこりと笑いあう二人を見た。


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