第5話 水戸城下町

 私と母は朝食を食べ終わり、兄の朝食にラップをかけて外に出た。

ブロック塀は無い、あるのは草が生えた野原。


 本来ならここは、備前町びぜんちょう。民家が所狭しと建ち並び、商店街に出れば百貨店ひゃっかてんや市民会館が見えるはずだ。

我が家の主な収入源、敷地の一部を使ったコインパーキングも無くなってる。

 

 先ほどハーフパンツでは少し寒かったから、ジーンズとパーカーに着替えて兄を探しに家の裏にまわった。

母は家庭菜園の被害が気になったようで、私と反対側に歩いていく。

(いないな・・・どこ行ったんだろ?)


 家の周りをぐるりと一周しても、兄を見つけられなかった。

自分一人ではどうすることもできないから、家庭菜園の様子を見に行くことにした。


「兄貴いないよ」

倒れていた野菜を支えるための支柱杭を、地面に差し込む作業中の母に伝えた。


「そう?そのうち戻ってくるわよ。散歩でもしてるんじゃない?」

「陰キャの兄貴が散歩って・・おじいちゃんか!」

小さな畑のまわりに鳥たちが集まってきた。


「このままだと葉っぱ食べられちゃうわね、まり、鳥よけネットを物置から出してきて」

「はーい」

「ついでに、木酢液もくさくえきもね」


ガラッ

 物置と言っても、二階建ての納屋なやなんだよね。

一階は物置部屋と車庫、母の車が止めてある。(二階はあんまり入ったことないなぁ)


一階の物置部屋の扉を開けて、電気のスイッチを押す。

裸電球がじんわりとく。

棚の上から鳥よけネットを掴み取ると、ホコリが落ちてきた。


 室内がホコリで白くなる。火の気があったら間違いなく粉塵爆発ふんじんばくはつしそうな・・・

「ヤバ」

急いで木酢液を探して物置を出る。

「ゴホッゴホッ ふー・・・これ、くさっ!」


腕で鼻をふさいで歩きながら、畑に向かう。

母にネットと木酢液を渡し、手のにおいを嗅いで思いっきりのけ反りかえってしまった。


 二人がかりで鳥よけネットを設置して、木酢液を小さな畑の周りに少量ずつ撒いた。

野生生物の忌避剤きひざいの代わりだそうだ、これで夏野菜の種まきも出来るようになった。


 昼近くになって、姿の見えなかった兄が戻ってきた。

手に私の竹刀袋しないぶくろを握りしめている。

(物置に入れてたのに、いつの間に持ち出したんだろ?)


「兄貴おかえりー 朝稽古でもしてたの?」

「ンなわけあるか!商店街の方に行ったら、さむらいの格好した人がいたんで真似して歩いてたんだよ」

「あにき!しぃーー」


 玄関の引き戸に手をかけていた母の動きが止まった。

そしてギギギと音がしそうな振り向き方をして、母が猛禽類もうきんるいの目になった。

「ひかる君、いま、って言ったかな?」


「え、いやーなんのことかな?」

「バカあにき」


「どこ!どこにおさむらいさんいたの?」

母は兄の首を掴んで前後に揺らしてる。

「ぐえ・・ ぐるじいがらやめろ・・・」

「ママ!つかんでたら話せないでしょ!もう」


それでも離そうとしない母の手を後ろから掴んで引き離した。

「わたしも見てくるーおさむらい!」

きびすを返して走り出した。猪突猛進ちょとつもうしん、こうなるともう誰にも止められないのだ。


 母は歴史好きで、戦国武将が大好きなのだ。

おひとり様旅行では城めぐりに行くほどである。

「待って!ママ玄関の鍵!」

「まりが締めといてーーーー」


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