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「……片岡さんは、『芥子』をご存知ですか?」


 泣き止んだ美咲が店を後にしたあと、机に肘をつき、預かったUSBメモリを手の中で弄びながら、弦月は独り言のように問いかけた。

 帰社することを諦め弦月の斜向かいに腰かけた片岡は、問いかけにキョトンと首を傾げながら、運ばれてきたコーヒーに口をつける。


「アヘンの原材料になる植物だろ?」

「そう。地中海東部沿岸~小亜細亜アジア原産と考えられる、芥子科の二年草。

 土耳古トルコ印度インドなどで多く栽培され、全草が粉白色をおびている。高さ約一.四メートル。葉は長卵形で縁に粗い切れ込みがあり、五月ごろ径十センチ内外、白・紅・紫色などの四弁の一日花が咲く。

 果実は所謂いわゆる芥子坊主で、紡錘形ぼうすいけい~球形。未熟の果実を傷つけ、染み出した乳汁を採集して阿片――別名モルヒネを作り、薬用とする」


 百科事典の一ページを丸暗記したかのようにすらすらと『ケシ』について語りながら、彼は瞳を細めた。


「可憐な花に秘められた猛毒……成る程、『Melancholic Lady』と呼ばれる訳ですね」

「ひとりで納得すんなよ。訳分かんねぇし」


 片岡の存在など忘れたかのように自分の世界に入ってしまった弦月に、片岡は唇を尖らせる。

 怒っているような、拗ねているようなその言葉に、弦月は笑みを消したまま淡々と告げた。


「相当にキナ臭いと言う事ですよ」

「は?」


 主語も述語もすっ飛ばして言われ、片岡はキョトンと首を傾げる。まるっきり話が見えてこない。

 疑問符だらけの片岡を無視し、弦月は手の中で弄んでいたUSBメモリをいじり始めた。明確な意思を持って指がUSBメモリの表面を滑り、やがて、乾いた音を立ててパソコンとの連結部が動く。

 彼は、迷わずそこを引っ張った。


「ちょっ……弦さん?!」


 慌てる片岡に見向きもせずに、弦月の唇が緩く弧を描いた。


「……Boom」


 楽しげな彼の呟きに視線をUSBメモリに移し、片岡は目を見開く。

 USBメモリの連結部はスライド式になっていて、その中には、静かにマイクロチップが鎮座していた。

 目を丸くし食い入るようにそのマイクロチップを見つめる片岡とは対照的に、弦月は容器をマジマジと観察する。


「成る程。既存のUSBメモリを購入後、一回り大きな容器を作った様ですね。

そして、USBメモリの中身をそっくり入れ換え、余った空洞にマイクロチップを隠した……随分と手先が器用な方の様で。

 キーを寄せ木調にしたのは其れがキーだと気付かれない様にするのと、中身を入れ換えた際に出来た切れ目を誤魔化すため……考えましたね」


 感心したように笑う弦月に、片岡はただただ口をパクパクさせていた。

 片岡の様子に気付いた弦月が、にっこり笑う。


のUSBメモリに付いている鈴は、中に入っているマイクロチップが動いて仕舞しまった際に出る音を隠す為。芸が細かいですねぇ。

 中にデータが入っていないのは当然です。大事なのはそんな物じゃない」

 ねぇ、片岡さん。


 愉しげにクスクス笑いながら、弦月は唇に人差し指を当て小首を傾げた。


「そうまでして隠したかった〝マイクロチップ此れ〟の中には、一体何が隠されているのでしょうねぇ?」

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まるでお伽噺のように 月野 白蝶 @Saiga_Kouren000

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