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おばあちゃんがいつも言っていた。
『困った時には〝何でも屋〟さんを頼りなさい』って。
そこには不思議な店主と助手がいて、きっと助けになってくれるからって。
だけど、お願い事には代償が必要らしい。
それがなんなのか、あたしは知らない。おばあちゃんは教えてくれなかった。
それからもう一つ、秘密の呪文が必要なんだって。
『月まで届く、ヘルメスの靴を下さい』
そんなの、おとぎ話だと思ってた。
作り話だと、思ってた。
だけどあたしは、今ソコにいる。
ありったけの勇気を込めて
「あたしを、あたしの兄を、助けて下さいっ」
少女の必死な表情に、片岡は思わず「どうして君がその暗号を知ってるんだ?」と言いかけた言葉を飲み込んだ。
栗色の髪にくりくりとした黒い瞳。正直、幼さは残るもののカワイイと呼べる部類の顔だ。
こんな埃臭い場所が似合わない、本当に普通の少女。
どうして? 何故? 疑問符は尽きぬことはないが、彼女がジッと自分を見ていることから、何かしらの反応を待っていることが分かった。
慌てて片岡は両手を振る。
「ちょっ……俺はココの店主でも従業員でもねぇんだ」
「じゃあ……」
少女が視線をゼロに移すと、彼は驚きもせず(と言うよりも、片岡はこの少年が驚いているところなど見たことがないのだが)相変わらずの無表情で、淡々と少女の期待を否定した。
「当店の主はただいま外出中です。帰りは未定ですが伝言でしたら私が承ります。
いかがなさいますか?」
いっそ見事なまでに事務的な言葉。
少女の顔が、絶望に歪んだ。
「そんな……」
おそらくだが、無意識に吐き出された声に片岡の胸までつられて軋む。だが、自分はただここの店主と知り合いでしかない。話を聞くどころか、発言すら憚られる立場だ。
今にも泣き出しそうな少女を前に、所在なさげに彼は後頭部を掻く。助けを求め奥の座椅子に腰かけているゼロに視線をやるが、感情のない藍色の瞳で見返されるだけだった。
……こりゃ駄目だ。
諦めと同時に、乾いた笑みが漏れる。
そうこうしている間に少女の目には涙が溜まっていくし、自分は自分で仕事を終わらせていないから帰れないしで、片岡は思わず天井を振り仰いだ。
今日は厄日だろうか。
あまりの空気の重さに耐えきれなくなった片岡が口を開こうとしたその時、気の抜ける声が店内に響いた。
「おや? 御客様で御座いますかな?」
それは丁度、泣き出しそうな少女の真後ろからで、片岡は半眼になり小さな声で呟いていた。
「オッセーよ」
少女の後ろにいたのは、雪のように白い髪を持つ一人の青年だった。
後ろを振り返った少女と大差ないくらい背は小さめだが、見た目の年齢は二十代前半程だろうか。髪と同じ真っ白な狩衣をまとい、右目にはアンティーク調の
青年は、片岡の呟きが聞こえていたらしく、狩衣の袖で口許を隠し鈴のように笑った。
「
片岡さんが来ると伺って居ましたら、もっと遅く帰って参りましたのに」
「普通逆だろ!」
思わず片岡がつっこむと、それを見て青年はさらにおかしそうに笑う。
いつもこうだ。
片岡はガックリと肩を落とした。
この青年は、一見無害そうな顔をして毒を吐く。知り合ってしばらくしてから、彼は会う度会う度こうして片岡をからかいだすようになった。何でも、反応が楽しいそうだ。
そんな理由で人をからかうなと言いたいところだが、言ったところで暖簾に腕押し馬に念仏糠に釘。さっぱり効果はないだろう。結果の見える不毛な討論をしたがるほど、片岡も物好きではない。だが、放置も出来ないのが困った性格だ。
だからこうして毎回、反論して疲れると言う、実に本末転倒で不毛な行為を繰り返している。
「さて……『月まで届くヘルメスの靴』が欲しいのですか?
立野美咲さん」
片岡に向けていたのと寸分違わぬ笑みのまま、青年は少女に目を向けた。
立野美咲と呼ばれたその少女は、大きい目をさらに大きくし青年を見つめる。その瞳には、恐怖が色濃く写っていた。
「何で……あたしの名前……」
呟かれた言葉に、彼はクスクス笑いながら小首を傾げる。
「さぁて。何故でしょう」
まるで、我が身を守るかのように胸の前で両手を掴む彼女に、いっそ恐ろしいまでに完璧な微笑みで彼は告げた。
「ようこそ、『一竿風月』へ。
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