第一章
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古びた壁、開ける度にガタガタと音を立てる横開きの木製のドア、割れかかったすりガラス。
ボロボロの看板に筆で書かれている店名は、『
風化してしまい、かろうじてだが読み取れるその看板をしり目に、一人の若者がドアを
年の頃は二十代前半。日に光る髪は、地毛なのか染めているのか、柔らかそうな金。
ダウンジャケットにジーパンと、かなりラフな出で立ちで、青い瞳はやる気なさげに半開きだ。
青年は、慣れた様子でドアを後ろ手に閉め、店の奥を覗き込む。
「ちわー。『St. Nicholas Company』でーす。
ご注文の品をお届けにあがりましたぁー」
気の抜けた青年の言葉に、店の奥で人の動く気配がした。やがて顔を出したのは、十代中頃の少年。
雑貨なのか骨董品なのかはたまたゴミなのか良く分からないモノたちの隙間から顔を出し、少年は感情の籠らない顔で淡々と頭を下げる。相棒から聞いた話では、この少年は高性能なアンドロイドだそうだが、こうして見ると普通の少年でしかないので、正直半信半疑だ。
「いらっしゃいませ、片岡さん」
「ちわ、ゼロ。弦さんは?」
気さくに片手を上げて挨拶をし、次いで片岡は首を傾げた。ゼロと言う名のこの少年は、この店の従業員だ。しかし、目当ての店主の姿が見えないので訝しげに眉を寄せると、ゼロは無表情ながらもどこか困ったようにため息をついた。
「先生は……」
続かない言葉。
お茶を濁すようなその態度に、合点がいったように片岡は苦笑した。
「まぁたフラッとどっか行ったのか、あの人」
片岡の問いに答えるように、ゼロは小さく頷く。
ここの店主には、放浪癖がある。好奇心が旺盛、の一言で済ませて良いのかは甚だ疑問だが、とにかく隙あらばあっちへフラフラこっちへフラフラ。捕まった試しがない。
いつもなら荷物を置いてさっさと帰るのだが、今回の荷物は直接店主に渡すようにと上から厳命されている。
さてどうしたものかと片岡が考え込んでいると、店のドアが開いた。
一日に一人、客が来れば良い方な店だ。思わず片岡は目を丸くした。
入ってきたのが十代後半の少女だったのも驚きに拍車をかけたが、さらにその少女が発した言葉に、片岡の目が最大限まで見開かれる。
「月まで届く、ヘルメスの靴を下さい」
それは、この店に伝わる『暗号』で。
少なくとも、こんな少女が知っていて良いモノではなかった。
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