第43話 四季拓斗、絶体絶命

「校舎」という一棟の大きな建物であれど、一つ一つの部屋の雰囲気は、その使用用途によって大きく異なってくる。


 生徒たちの喧騒が絶えない陽気な教室に、教師たちが机に向かって事務作業を行う平穏な職員室。


 食用油のにおいが染みついた和やかな家庭科室に、薬品のにおいが充満した無機質な理科準備室。


 清潔感が保たれた生徒会室に、埃っぽさでむせ返るような体育館倉庫。


 そんな数ある部屋の中でも、僕が特に好きなのが……図書室だ。


 年季の入った古本と防腐剤、そして木材家具の匂いをかぐと、気分が落ち着き勉強を頑張ろうと思えてしまう。


 雑音と喧騒を許さない、校内で唯一の静謐が保たれた不可侵の領域。


 そんな、お気に入りの図書室で、僕は――



 ビッチギャルの股間に、顔をうずめていた。



「ふごっ…………!?」


「おっ♡やっべ……たくちんの吐息が、ビンカンなトコロにぃ……♡」



 彼女の策略にまんまとハメられてしまった僕は、彼女の下半身による拘束から逃れようと必死にもがいてみる。


 が、ショーツに包まれた秘部から抜け出そうと息を漏らすたび、網谷さんは所構わず下品な声を上げる。

 肉付きのいい太ももはガッチリと僕の頭を挟み込み、脚を背中で組み合わせることで拘束力を固めている。


「網谷さん、いったい何を……!!?」


 女性の股間に顔をうずめているという異常事態に、思考回路がショートしそうになりながらも、理性を保ちながら真上の網谷さんに何とか尋ねてみる。


「だってたくちん、中々アタシに堕ちないんだもん。たくちんをアタシのモノにするまで、アタシは他の男とヤんないって決めてたんだけどさぁ……」


「それとこれと、いったい何の関係が!?」


「正直、オナニーだけじゃ満足できなくなってんだよね♡だからこうして、たくちんをエッチな状況におびき寄せて、オナネタ作ってんの♪」


「場所を考えて!?ここ図書室!!」


 そう。

 再三の確認になるが、「女子生徒の股間に男子生徒が顔を埋めている」という破廉恥な行為が発生しているのは、校内でも特に規律が保たれた図書室である。


 もしこの場面を、他の誰かに見られようものなら、人生の破滅まっしぐらだ。


「ひぅ……っ♡たくちんの声が、アタシのアソコに響いて……コレ、癖になりそう♡」


 真上で悶えている網谷さんは官能的な声を漏らし、もはや話が通じなさそうだ。


「ぐぅ、うぎぎ………!!」


 僕は両手で網谷さんの膝をつかみ、拘束を緩めようと思いっきり力を込めてみる。


「おっ♡たくちんのわりに、なかなか力強いじゃん♪そぉれっ、がんばれがんばれっ♡」


 現況を生み出した元凶の網谷さんは、甘い応援を送りつつ太ももでの拘束を強めるという妙技で僕を絡めとる。


「ふごっ…………!?」


 ただでさえ網谷さんの股間にドッキングしていた僕の鼻先は、遂に網谷さんの湿った秘裂に埋もれてしまう。


 時空を満たすのは、女性特有の甘い香り。


 化粧水特有の芳醇な香り。


 そして……おそらく嗅いだことのない、酸味を含んだ怪しいにおい。



「んぎぎぎぎぎ…………!!!」


 それらが一体何であるか。


 その答えに至る前に、僕は全身全霊の力を込めて脱出を図る。


 暴力での事態の解決を何より忌み嫌う僕にとって、その柔肌に傷がついたとなっては、もはや大罪と同義である。


 そうならないよう、僕は絶妙な力加減で、両側から迫る太ももを押し上げる。


「おっ?もう一押しじゃん♪がんばれがんばれ♡」


 網谷さんも疲れてきたのか、下半身の力が弱まってきた気がする。


 好機!

 このまま、最後の力を振り絞って脱出を――



「…………網谷さん、少しお話いいですか?」



 ――ヒュッ


 突如聞こえてきた声に、僕の熱くなった肌は一気に冷え切り、猛々しかった心臓の動悸は止まったように錯覚した。


 すぐ近くに感じる新たな人の気配。


 そして、椅子の隙間から見える、ストッキングに包まれた長い脚。


 何より耳朶にとらえたのは、穏やかながらも大人びた女性の声。


 この声は――


「あれ?宇田うだじゃん。どうしたの?」


 網谷さんは何事もないように闖入者に声をかける。


 そう、その人は――校内一の美少女にして、僕が密かに想い焦がれていた女子生徒。


 ――宇田うださんが、僕たち二人のすぐ近くに立っていた。




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