第41話 網谷くらりからのお誘い

 木曜日。

 鬼門であった英語の小テストも何事もなく終わり(羽場はば先生は真面目に小テストに臨む網谷さんに対して、ずっと訝しげな目線を向けていた)、もう放課後の勉強会は行われないだろう……そう、思っていたのだが。


 その日の昼食の時間に、またしても網谷さんから、放課後に会うよう頼まれるのだった。


「……お疲れ様パーティー?」


「そ。小テストとかいうダルいのもひと段落したし、たくちんと今週の土曜日に、何処かで遊べたらいいなぁー、って思って」


 場所は図書室。

 長机の向かいに座る網谷さんは、快活な笑顔を浮かべながらそんなことを提案してきた。


 生まれてからこの十余年、異性との付き合いが皆無だった僕にとって、顔もスタイルも常人離れした網谷さんからプライベートなお誘いを受けるというのは、かなり興味深い。


 もちろん、二つ返事で了承したい……ところ、なのだが。


「…………何か、企んでない?」


 ここはいったん一歩引いて、網谷さんの出方をうかがってみる。


 何せ、相手は校内一のビッ……不真面目生徒。

 何なら先週、みだらな言葉づかいで性行為を迫られただけに、今回も何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。


「ヤダなぁたくちん、何もないってぇ。ただアタシの友達と一緒に、駅前のファミレスで美味しいもの食べようってだけだよ♪」


 可愛らしくウィンクする網谷さんは、こちらの態度に気分を害したわけでもなく、誘いの言葉に怪しい何かしらを企てているわけでもなさそうだ。


「……って、友達?」


「そ。隣町の蛇田へびだ工業高校に通うダチが何人かいて、たくちんを一目見てみたいって言ってきたんだよね」


 予想を大きく外れたお誘いの理由に、露骨に狼狽えてしまう。


「ぼ、僕のことを?何で?」


「んーー……なんかね、アタシからのセックスの誘いを断った男子が存在しているのが、ダチ的には信じられないっぽい。今はたくちんのこと、アタシで勃たないホモか不能かぐらいに疑ってるんじゃない?」


「違うけど!!?」


 網谷さんの言葉を全力で否定にかかる。


 性的な対象として見るのは一般的な女性だし、先週なんか網谷さんの生おっぱいを至近距離で見せつけられ、ずっと下半身が疼きっぱなしで大変だったのは、記憶に新しい。


「たくちんがそう否定したいなら、アタシのダチに直に会って説得するべきじゃない?今度会うのは二人だけだけど、たくちんのことは魅力的な異性としてみてないらしいし」


「…………そ、そう」


 僕なんかとセックスしたい網谷さんが少しズレてるだけで、女性に「魅力的な異性」として見られないのには慣れたつもりだったが……、そうきっぱり言われてしまうと、胸に突っかかりのようなものを覚えてしまう。


 しかし、それを逆手に取るならば、網谷さんの知人とある程度の面識を持つことで、網谷さんの隠された内面を知り、彼女の更生に一役立てるかも知れない。


 このお誘いは、網谷さんを更生したい僕にとっての、またとない好機チャンスでもあるわけだ。


「分かった。今週は何も予定入れてないし、網谷さんと一緒に遊びたいな」


 こちらからの承諾に、網谷さんは目をキラキラと輝かせる。


「ホントに!?やったぁ!それじゃあ、今度の土曜日に駅前の広場集合ね。服装はラフな格好で構わないから。金額はえーと、アイツらどれぐらい食べるっけ……」


 目に見えてウキウキとしながら今週の計画を立てる網谷さんを見て、自然と口が綻ぶのを自覚する。


 この町に引っ越してきて、この学校に転校してから、一ヶ月と少しが経過した。


 生涯で初めて同年代の異性とプライベートで同じ時を過ごすこととなる事実に、どうなる分からない不安は生じつつも、それ以上の期待と歓喜の感情で、胸を高鳴らせずにはいられなかった。


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