第40話 尻軽女の心模様
過去から現在に至るまで、積み重なる絶望に打ちのめされたアタシは、校内きってのビッチとなった。
不真面目にして不貞、不良にして不潔。
そう揶揄されようが、白い目を向けられようが、当のアタシは気にすることも、気に留めることもなかった。
だって、堕ちるとこまで堕ちなきゃ、見えない世界もあるものだから。
「いやぁ、マジで気持ちよかったよ、くらりちゃん。俺の彼女ってさ、ホラ……優しくて気が利くんだけど、エロい雰囲気にしたくなかったり、むしろそういう行為に興味ないみたいでさ。網谷ちゃんみたいに、気軽にヤらせてくれる女の子がいて助かったわ」
ズボンのチャックを上げ、ヘラヘラと笑いながらそう言うのは、他校の先輩である男子高校生。
そうだよね。
付き合ってるのにヤルことヤらせてくれないなんて、堅物にもほどがあるよね。
「ほんの魔が差したとはいえ……まさか、君みたいな可愛い女の子に気持ちよくしてもらえるなんて、思ってもみなかったよ。ハハハ……実は、仕事で重大なミスをしでかしてしまってね、しばらくふさぎ込んでいたんだ。責任を取って辞職も視野に入れてたんだが、君と出会って、体を重ねて、考えが変わった。……うん、もう何とか粘ろうと思うよ」
ネクタイを締めながらそういうのは、目の下にクマをつくった、くたびれたおっさん。
そうだよね。
ヤることヤって気持ちよくなったほうが、答えがまとまる時ってあるよね。
「実は、生きててもいいことがないのなら、ひっそりと自殺を図ろうかと考えてたんです。……だけど、有り金全部はたいて、くらりさんと出会って、セックスをしたら、肩の荷が下りて、気分が晴れたような気がしました。僕はいったい、世の中の何に絶望していたのか……。解決には至ってないかもだけど……もう少し、あがいてみようと思います」
目にわずかな光を宿しながらそう言うのは、ガリガリに痩せた幸薄そうなお兄さん。
そうだよね。
生きていてもいいことなんて、ないだろうけど……何も誰も、死ぬことなんてない。
そう思えるのって、大事だよね。
あぁ。
都合がいい。勝手がいい。
そう思われるのって、気分がいい。
だってアタシは……そのほうが気持ちがよくって、気兼ねがなくって、何より気が楽なのだから。
それに比べて、まぁ……「学校」という閉鎖的空間が、なんと退屈で、何とも窮屈なことか。
「網谷、お前はどうして、小テストすら真剣に臨めないんだ?他の生徒は奮起してるっていうのに、お前だけはよくもまぁ、そう不真面目でいられるんだ」
知能を図るためだけの、そんな紙切れ一つにマジになる、アンタ達のほうがどうかしてんでしょ。
「網谷ァ!またお前がラブホテルに通ってると、目撃の証言が寄せられてるぞ!!まったくお前というやつは……そんなに高校の名を貶めたいのか!?」
何の特権もない社会の歯車が偉そうに、好きに生きてるアタシに指図しないでよ。
「網谷、お前の悪いうわさはかねがね聞いてる。……そして、お前の家庭の事情のことも。もしよかったら、先生がお前の理解者になってあげられるかもしれないぞ?辛いことがあるなら、気兼ねなく先生に相談しなさい」
あぁもう……うるさいうるさいうるさい。
赤の他人のはずなのに、こうやって勝手に偽善者ぶって、独断で理解者ぶって、強引に保護者ぶる大人が、一番癪に障る。
そして、何より……アタシは、あんたと同じ言葉を吐いた男に、無理やり犯されそうになったんだよ。
大人の戯言に辟易としたアタシが頑なに我を貫いていれば、やがて誰も見向きも構いもしなくなって、残ったのはカラダに注がれる邪な視線のみ。
それでいい。満足この上ない。
すべてを捨てた今のアタシに残された
カラダを使って男を喜ばせ、表情と声を使って男に媚びれば、勝手に金は舞い込んでくる。
あぁ。なんて簡単で、なんと生易しい世界だろうか。
………そう、思っていた。彼に出会うまでは。
「……だとしても、僕は、人生は清くあるべきだと思う」
アタシが新しく狙っていた
いつぶりだろうか。
猫撫で声で媚びを売り、上目遣いで理性を削ぎ、乳を揺らして
「真面目に生きて、一つのことに全力になって、互いを尊重する。それは確かに窮屈に感じるかもしれないけれど、だからこそ、そういった生き方を貫いた人のために、自由ができる喜びが享受されるべきだと思う」
同年代のくせに、人生のすべてを知ったようなふりして。
「小学生のころの網谷さんみたいに、何かに誠実で、誰かにひたむきで、人生に前向きな網谷さんに戻ってほしいって、僕は心の底から思ってる」
赤の他人のはずなのに、勝手に同情して理解者ぶって。
アタシが忌み嫌っていた大人の言動を、彼は同じようにアタシに投げかけてくる。
しかし、なぜだろう。
アタシのカラダを見る時とは違う、純真な瞳――アタシの内面を見透かすような眼差しに、アタシは何も言い返せず、雑な反応をすることしかできなかった。
たくちんとひとしきり言葉を交わした後、図書館の中で一人きりになったアタシは、スマホの電源を落として窓に目をやる。
胸中に渦巻くのは、たくちんが去り際に放った言葉。
「『網谷さんがどんな選択をしようと、僕は絶対に、網谷さんのことを、見限ったり、見放したり、見捨てたりしないから』……、か」
ぽつりと小さく独り言ちたあと、アタシはふっと小さく鼻を鳴らす。
「…………あの頃のアタシに、そんな言葉を投げかけてくれる人がいたなら……今のアタシは、少し違っていたのかもね」
今の自分を嘲るように。
無知な彼に呆れたように。
…………かつての自分に、思いを馳せるように。
アタシは小さく微笑んだ後、図書館の窓に目を向け、雲一つない快晴の空をしばらく眺めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます