第33話 ビッチギャルと談笑

 網谷との談笑に気が乗じた僕は、もう少し会話を続けてみることにした。


「あ、網谷さんはこれまで、色んな男の人と付き合っていたんだよね?」

「あー、セフレってヤツ?それならたくさんいたよ」

「ど、どれぐらいの人数とか覚えてる?」


 網谷にとっては当たり障りのないであろう会話のつもりが、口をつぐんだ彼女から小意地悪な視線を投げかけられる。


「なに?自分にワンチャンあるんだって分かった途端、踏み込んだ質問してくるじゃん。そんなにアタシのことにキョ―ミ湧いた?♡」

「っ!ち、違……!!」

「にひ、別にいーよ♡たくちんにはアタシのコトたくさん知ってほしいもん。うん、今まで付き合ってきた人数だよね」

 こちらの弁解を遮った網谷は、過去を思い出すように視線を何もない宙へと投げかける。


「えっとぉ、ひぃふぅみぃ……」

 細い指を折り曲げながら、これまでの経験人数を数える網谷。


「…………」

 もう片方の五本指まで使い切った彼女は、遂に使い切ったはずの手へと往復する。

「えぇ……まさかの二ケタ超え……?」

「そりゃあ、中学のころから色んな男をとっかえひっかえしてるもん。アタシから声かけた男の数は十は超えてるかな」

 ドン引いている僕の様子も気にせず、あっけらかんと答える網谷。


 いくら僕に好意を寄せているとはいえ、彼女は既に不特定多数の男性と身体を重ねている。


 酷い言い方をしてしまえば……中古。

 やはり校内きってのビッチであるというその事実が、浮き立つ自分に最後の「待った」をかける。


「……なに?もしかしてたくちん、アタシみたいなビッチは嫌?」

 こちらの心情を見透かしたような網谷の挑発的な笑みに、すぐに否定できない僕は沈黙を貫く。

「……ま、そうだろうなとは思ってたよ。でなきゃ、先週の金曜日には童貞卒業出来てたもんね♡」

「ッ!」

 網谷の言葉にその先週の放課後の場面が脳内に想起され、羞恥に耐えられなくなった僕は赤くなった顔を伏せてしまう。

「それとも♪アタシの誘いを断るってことは、たくちん……誰か気になる女の子でもいるの?」

「……も、黙秘します」


「……例えばそう、宇田亜梨子とか♪」

「ッッ!!!」

 網谷からの的を得た推測に、僕はおもむろに肯定ともとれる動揺をしてしまう。


「アハッ、やっぱそーなんだ♪可愛いよね、宇田。おっぱい小さいけど」

「それは思ってても言わないほうが……」

 ノンデリカシーな網谷の発言にくぎを刺す。


「で?たくちんは宇田と、どんな関係までもっていきたいの?ガールフレンド?それとも恋仲?」

「め、めちゃくちゃ踏み込んでくるじゃん……」

 目を輝かせながらこちらに身を寄せる網谷から離れようと、身体をのけ反らせる。

「な、仲良くなりたいとは思ってるかな……。それこそ恋仲とかじゃなく、友達として」

「ふーん。たくちんの考えが知れて良かった♪」

「な、何で?」

「えーー?♡だってぇ……」



「たくちんはぁ、ぜぇっったいに♡アタシのものにしてやる♡って決めてたから♡」

 ずぃっ!


「ウッッ!!?」

 抱き着かんばかりの勢いでこちらに身を寄せてきた網谷に、戸惑った僕は情けない声を漏らす。


 肌の表面すら観察できるほどの至近距離。香水混じりの彼女の匂いは脳を蕩けさせるほどに香しく、はち切れんばかりの爆乳の上にある美顔は、捕食者の如き怪しさを携えている。


「ちょ、ちょっと網谷さん!?ここ、自習室!誰か来たら誤解されるって!!」

「えーー?♡アタシは正直、誰かに見られてもいいと思ってここを選んだんだけど♪『アタシとたくちんはぁ、こぉんなにナカがいいんですっ♡』て見せつけちゃおーよ♡」

「ソレだけはダメ!!僕の内申に響くかもだからッッ!!」

 僕は細い両肩を力いっぱいつかみ、網谷の接近を必死に拒む。


「……ちぇー。たくちんとちゅーできるかも♡って思ってたのに。非力なふりして、意外と力強いんだね」

「今後の学校生活が懸かってるからね……」

 くんずほぐれつしかけたところで網谷が体を離し、安堵した僕は肩で息をする。勉学のための自習室で、こんなにもスタミナを使うことになろうとは……。


「でも、納得。童貞のたくちんがアタシの誘惑に耐えれるのは、宇田のことが気になってるからなんだね」

「……網谷さんは、僕の意識が別のほうにあるって知って、諦めないの?」

「?全然?アタシ、一度狙ったものは是が非でも手に入れたいタイプだし、そのためならお預けとか全然ヨユーな方だから」

 細められた網谷の瞳から、微かな闘志が垣間見えたような気がした。


「……なら残念だけど、僕は網谷さんとはエッチしないよ。いきなり身体だけの関係に迫るのは、どう考えても不健全だよ」


「えーー?嘘だぁ。たくちん、アタシの身体に全然キョーミないわけ?♡」

「…………………」


 ないわけない。めっちゃある。すごくある。

 何なら先週、網谷のエッチな誘惑に乗っかろうとした前科があるわけだし、ないと言い切るのは説得力に欠ける。


「ま、そこはたくちんの精神力にかかってるよね。アタシ、男を誘ったら簡単に股開くけど、逆レはしないって決めてんの」

「それは犯罪だからね……」

「ていうのも、ダチのなかに小学生男子を無理やり食い物にして、停学食らった馬鹿バカいるからね。アタシはセックスは合意のうえでって決めてるから、たくちんの理性がどこまで耐えれるのかが見ものだね♪」

 いま、聞き捨てならない語群が聞こえたような……。彼女の交友関係はいったいどうなっているんだと怖気が走る。そのことについて、詳しく問いただそうとした、その時。


 ガラッ。


「っ!」「おっと」


 突如自習室の扉が開き、大人しそうな女子生徒が入室してくる。

 今を以て、この場は網谷との二人きりのスペースではなくなった。談笑をやめ、自習に向き直ることにする。


「そういえば、たくちん。英語の問題で分かんないところがあるんだけど、聞いてもいい?」

 同じく自習の体勢に戻った網谷から、小声で話しかけられる。


「大丈夫だよ。どの設問?」

「ここなんだけど……」

 僕は首を傾け、隣の席に座る網谷のノートを覗く。


(…………ん?)

 その時、胸中に微かな違和感が生まれる。


「……どうしたの?たくちん」

 横の網谷が、僕の様子を見て不思議そうな顔をする。

「あ、あぁ、何でもないよ。それと、ここの問題はね……」

 僕は何でもない体を取り繕い、網谷の自習に協力する。

 こうして網谷との自習は放課後まで続き、何事もなく終了するのだった。


 僕に好意を寄せ、行為に及ぼうとするビッチギャル、網谷くらり。

 宇田に気があることを知りながらも、決して諦めた様子ではない彼女の執着心に、僕は今後しばらくの波乱を予見するのだった。


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