第32話 放課後②
「『えっちなこと』っていうのは……セックスのことだよね」
「そ、そうだね……」
眉をひそめた網谷からの質問に、内心戸惑いながらも同調する。
僕たちのほかに誰もいないとはいえ、共用のスペースで下品な単語を臆することなく口にする彼女を咎めたほうが良いのだろうか……と考えていると。
「なんでたくちんとセックスしたいかって……うーーん、難しい質問だなぁ」
眉間にしわを寄せうんうんと唸る網谷の様子に、思わず面食らってしまう。
「え?そ、そんな悩むこと……?」
「だってそれって、他のことで言い換えてみれば……『お腹が減ってる時に目の前に食事があるから、それを食べたくなる』とか、『眠たい時に目の前にベッドがあるから、そこで寝たくなる』みたいなことでしょ?それって当たり前じゃん。『ムラムラしてる時に目の前に男がいるからセックスしたくなる』のは、自然なコトじゃない?」
あっけらかんと持論を述べる網谷の様子に、改めて認識の食い違いが生じていたことに気づく。
「そ、その……僕が言いたいのは、『どうして僕なのか』ってところで……」
「?」
「ほ、ほら僕って……背も低いし、手足も細いし、体力ないし……自分で言うのもなんだけど、総じて男らしくないというか……むしろ女々しいぐらいで、僕より経験豊富で屈強な男の人のほうが、その……いいと思うんだけど……」
華奢にして非力。童顔且つ低身長。インドア故の異性との交際経験もなし……いわゆる童貞。
自覚している以上気が滅入るが、言ってしまえば「どうしてこうも男らしくない」僕を、網谷は気に入ったのだろうか。
羞恥で耳が焼けるように熱くなるのを自覚しながら、網谷からの返答を待っていると。
「……ぷっ」
網谷はしばらくポカンとしたのち、やがて小さく噴き出し。
「………あはっ、あははははっ!!」
もう耐え切れないといった様子で大きく笑いだす。
「え、えっと……網谷さん?」
突如として豹変した彼女の態度に、思わず面食らっていると。
「た、たくちん、そんなコトで悩んでたの!?はぁ、おっかしい!」
網谷は目に涙を溜めながらヒィヒィと笑い、やがて落ち着きを取り戻しどこか腑に落ちた様子の網谷は、こちらをじっと見つめてくる。
「アタシ、たくちんみたいな男子がメッチャ好みなの」
「…………っっ!!」
網谷から放たれたストレートな好意に、思わず息をのんでしまう。
「アタシはずっと、たくちんみたいなカワイイ男子とセックスしたいって思ってたんだよね。でもそんな理想に近い男なんているわけないって諦めかけてたところにたくちんが転校してきたから、アタシは是が非でもたくちんをアタシのモノにしたいの♡」
僕が、網谷の描いていた理想の男子……?
詭弁を並べているようには見えない自然体な彼女の言葉を、中々鵜呑みにできないでいる。
「……こ、こんなに身長低いのに?」
「それが可愛いんだけど?」
「童顔だよ?」
「それもめっちゃ可愛い」
「体育系全般ニガテだよ?」
「得手不得手は人それぞれじゃん?」
「い、今まで異性と手をつないだことすらないんだよ?」
「ウブなのが一番そそられるんじゃん♪」
自覚している自分の短所を並べても、目の前の網谷は全て肯定的に受け流す。
「……あーー。たくちんは何か、自分のコトをネガティブめに見てるかもしんないけど。アタシ的にはたくちんのそーいうトコロ、めーっちゃ魅力的に感じるんだよね♡」
網谷が向ける魅惑的な笑みに、何かに突き動かされたように肩を震わせる。
「……ほ、ホントに?」
「ホントホント!アタシって人一倍性欲が強い自覚はあるけど、どうせなら理想的な男子とセックスしたいのは、心の底から思ってることだよ」
網谷の言い分に僕は言葉を発せずにいたが、心情はどこか腑に落ちたように割と穏やかであった。
先週の昼休み、網谷と廊下で鉢合わせたときに彼女から受けた蠱惑的な揶揄い。
先週の放課後、教室で網谷から受けたエッチな誘惑。
そして今日から始まった、網谷の過激なスキンシップ。
僕はそれらの行動すべてに、何か陰湿な思惑があるのではないかと勘繰っていた。
しかし違った。
彼女はただ単純に、経験豊富な尻軽女として、僕とセックスがしたいだけなのだ。
それは性欲に愚直な衝動であり、屈託のない純粋な好意でもあり。
即ち、僕は彼女に気に入られている。それだけの素質がある。
男らしくないのを自覚し無意識で卑下していた自分を、好いてくれる女性がいる。
それを認識するのと同時に、謎の幸福感が胸中を渦巻く。
それはまるで、さり気なく手に取った本で新しい知見を得たときの感動のようで。難しい公式を自力で紐解いたときのような高揚感で。
「……、あ、ありがとう……?」
気づけば僕は、茹でダコのような顔のまま、おずおずと礼を述べていた。
「にひひ。どーいたしまして♡」
網谷は愛嬌がありながらもどこか蠱惑的な笑みで、こちらの礼を素直に受け取る。
いろんな過程をすっ飛ばして、僕と体の関係を迫りたい。
彼女のそんな欲望は、歪にして邪かもしれないけれど。
以前まで抱いていた、彼女に対する苦手意識が自然と薄れているのを、僕は多幸感に包まれる頭の中で自覚するのであった。
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