第30話 亜梨子side―決意

「四季クン、網谷ちゃんに取られちゃったにゃあ」


「ブッッッッ!!!!!」


 昼休み。校舎中庭にある共用ベンチで、一緒に昼食をとっていた三川さんせん美紗みさが前触れもなくそんなことを呟き、動揺した私はすすっていたピーチジュースを盛大に噴き出す。


「うわぁ。めちゃくちゃ動揺するじゃん」

「げほっ、ごほっ……だ、誰のせいだと思ってんの……!?」

 まるで他人事のように目を丸くする三川を、涙目になりながらキッと睨みつける。

 ここ最近特に、親しい者に心情を見透かされるせいで、お気に入りのジュースを台無しにしている気がする……。


「私の独り言でそこまで狼狽えるってことは、言うまでもなく図星ってことだにゃあ」

「授業で居眠りしちゃうような人間は、妄想力も達者なようで」

「ギクッ……そ、そこを突かれると痛いにゃあ……」

 こちらの心情に探りを入れる三川にカウンターを食らわせると、彼女は頬を赤らめ気まずそうに言いよどむ。それ見た事か。


「でも実際、宇田にゃんは四季クンのことが気になってるんでしょ?そこんとこどうなんだにゃあ?」

「…………」

 女子特有の恋愛沙汰に人一倍乗り気な三川に、私は口を閉ざし熟考する。


「……四季くんともっと仲良くなりたいのは、本当のことだよ。彼といろんな言葉を交わして、彼のいろんな表情を知って、彼といろんな想い出を紡いでいきたい」


 おそらく、私の顔はトマトのように赤くなっていることだろう。消え入るような小声で本心を紡ぐと、三川は満足そうな顔をしながら「なるほどにゃあ」と頷く。


「宇田にゃんのしたい事がはっきり分かって何よりだにゃ。こうなったら善は急げだにゃあ!網谷ちゃんに取られる前に、四季クンにアプローチを仕掛けるんだにゃ!!」

「ちょっと!!?」

 やる気に身体を漲らせる三川のブレザーの裾をひっつかみ、落ち着くように無理やり座らせる。


「私は変に行動をして、四季くんにかえって変な目で見られるのだけは嫌なんだけど!?」

初心ウブ特有のヘッタレなんだにゃあ。そうは言うけど、網谷ちゃんも四季クンに対して何か企んでるみたいだし、このままじゃ四季クン、網谷ちゃんのギャルっけ強めな色に染まっちゃうにゃあ」

「……………!!」

 彼女の言葉に思わず固唾を飲んでしまう。


 そうだ。思えば今朝から、網谷の四季に対するアプローチは度を越していた。二・三時限目の四季の挙動がいつもよりおかしかったのも、おそらく隣の席の網谷が起因しているのだろう。

 このままでは四季は網谷とともに自堕落な道を歩み、いつしか勤勉を棄てて享楽の道を歩み、ゆくゆくは………。



『ウィーース!オハヨーみんなーー。元気してるぅーー?』


 朝の教室に入ってきたのは、制服を大きく着崩しガムをクッチャクッチャと頬張る四季。真面目さを映し出したような黒髪は腐った卵黄のようなくすんだ金髪へと変色し、かつての健康的な柔肌は土くれのように浅黒くくすんでいる。


『おはよーたくちーーん♡ねーぇ、今日も一緒に遊ばなぁい?』

 ビッチ臭全開で四季の腕に抱き着く網谷。


『おー、いいぜぇ。今日はどこで遊ぼっか?ボウリング?それともカラオケ?』

『どこでもいいよぉ。でもアタシぃ、たくちんと一緒にエッチなことして遊びたいなぁ』

「ハハァ、網谷は朝からビッチだなぁ。そんじゃ、学校サボってラブホにでも行くか』

『れっつごーー!』

 網谷を侍らせ身をひるがえす四季。


「し、四季くん……」

 その後ろ姿に声をかけようとすると。


『あぁ、宇田か。ワリ……俺、アンタみたいなイイ子じゃなくて、網谷みたいなエロい女にしかキョ―ミねぇんだわ。そんじゃまた、図書館ン中でいい子して本でも読んでな』


 ……………………。



「…………………四季くんが、私の四季くんがド屑チャラ男になっちゃう!!!」


「宇田にゃんの中でのチャラ男のイメージが、思ったよりチープすぎて笑うにゃあ」


 妄想に絶望しヒステリック気味に頭を抱えると、隣の三川が呆れた眼差しを向けてくる。


「しかも、ちゃっかり『私の』って言ってるにゃあ。自分の気持ちに正直になった途端、独占欲強すぎにゃあ」

「そんなことはどうでもいいの!!四季クンをどうにかして、網谷さんから引きはがさないと!!」

「落ち着くにゃあ。今んとこ四季クンも網谷ちゃんからの絡みを煙たがってるみたいだし、挽回できるタイミングはいくらでもあるにゃ」

 落ち着いた様子の三川に宥められ、パニック状態の心境から何とか気を落ち着かせる。


 そうだ。四季は少し言い寄られただけで惚けるような浅薄な男子ではない(多分)。網谷も四季に気があるのはまさかの想定外だったが、何より私は、彼女よりも先に四季とコミュニケーションをとっていたのだ。


 異性交友の経験の差など関係なく、先に四季と親睦を深めて見せる!


 私は抱いた決意に身体を漲らせ、休み時間の終了に備えてテキパキと昼食の片づけを行う。



 …………ちなみにこの後、二年A組の教室に戻ったときに「四季と網谷の二人が、放課後に試験勉強を行う」という情報を聞き、絶望で膝から崩れ落ちそうになるのだった。



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