第28話 からかい上手の網谷さん③

「おらーー、授業始めるぞ。席に着けー」

 三時限目の開始を知らせるチャイムが鳴るのと同時に教室に入ってきたのは、生物科目担当の府馬仁ふまに先生。白髪交じりのオールバックが特徴的な、中背中肉の初老男性教諭だ。


「何だァ?休み時間があったってのに、皆眠そうじゃないか」

「前の授業が、茶井古ちゃいこセンセーの倫理だったんですよ」

「……あー。あの先生、マジで眠くなる声してるもんなぁ。だからって俺の授業では、誰一人として寝させねぇからなー?覚悟しろよぉ」

 府馬仁先生の口上に、生徒たちの緊張は解れ教室に和やかな雰囲気が満ちる。


 まさに「面倒見のいいオジサン」という紹介が的確な府馬仁先生は、見た目に寄らず茶目っ気があり、滅多に怒らないので生徒からの信頼は厚く人気も高い。更に彼の授業はメリハリが聞いているので退屈せず、居眠りをするものは全くと言っていい程いない。


(府馬仁先生の授業なら、みんなが起きているからエッチな悪戯いたずらは仕掛けてこないはず……)

 僕はそう半信半疑になりながら、隣に座る網谷を横目で見る。

 彼女は授業開始と同時に、教科書にノート、筆記用具と必要な物を全て取り出していた。机を引っ付けてこちらの意識を絡めとることはしない……と思う。


 今回は彼女を過剰に意識しなくて良さそうだ。僕はほっと安堵し、気持ちを切り替えて授業に臨む。



 それから十数分後、生物の授業は何事もなく進んでいく。

「今教えたところは期末試験にバッチリ出していくからなー。チェック忘れんなよー」

 教壇に立つ府馬仁先生の声と同時に、クラスメイト達は教科書の指定された範囲を色ペンなどでなぞる。


(ふむふむ、今のところは試験範囲内か……)

 僕も例に漏れず、該当する箇所を色ペンで記入した……ところで。


「ねぇねぇ、たくちん」

 不意に隣から小さく声をかけられ、そちらを向く。そこには、網谷が困った顔をして身を寄せていた。

「実はさ、アタシ定規忘れたんだよね。ちょっとだけ貸してくんない?」

「え、定規?べ、別にいいけど……」

 定規か……。それなら別に一時的に手元になくても、特段困るものではない。僕は躊躇うことなく、隣の席の網谷に定規を差し出す。


「あんがと♪」

 網谷は小声で感謝を述べ、僕と同じように該当する箇所を色ペンで囲む。

(……何だ、彼女もしっかり授業に臨んでるんだな)

 僕は思わず微笑ましい気持ちになり、改めて前に向き直る。


 それからさらに十数分後。

「ここも試験に出すつもりだ。チェック忘れんなよー」

 府馬仁ふまに先生の声に、またも教科書にチェックを入れようとする。


 …………が。

(…………あれ?定規は??)

 網谷に貸し出した定規が返ってきてないことに気づく。


「網谷さん、定規…………ッ!!?」

 返して、と言おうとしたところで、僕は二の句が継げずに絶句してしまう。


 何を隠そう……隣の席の網谷は、僕の定規を手に持って、その先端を瑞々しい唇に当てていたからだ。

 本人は至って通常通りで、あたかも定規が自分のものであるかのように演じていた。


「…………ちょっ、何してんの!?早く返して!?」

 周りに気づかれないよう、小声で早急に催促すると。


「…………ちゅ♡」


「ッッッ!!!?」

 こちらの様子に気づいた網谷は妖艶に目を細め、定規の先っぽに軽く口づけをする。


(な、何してんのこの人!!?)

 僕は他の皆に怪しまれないよう姿勢を保ったまま、網谷の奇行をガン見する。

 彼女の暴走は、それだけで止まることはなく。


「ちゅ♡ちゅ♡ちゅ♡………あぁむ♡」


「ッッッ!!!!?」

 定規に何度か軽く口づけをした後、なんとそれを咥え始めたではないか。


 正確に言うと、網谷は隣にいる僕にだけわかるように口を大きく開け、定規を咥えこむフリをした。あたかもそれが、甘美なフルーツ……あるいは、固く膨張した男根であるかのように。


「れろ♡れぉ……ちゅ♡あむ♡んむ♡」

 瞳を潤ませ定規を愛おしく舐めしゃぶる仕草を続ける網谷を見て、僕は一つの推察にたどり着く。


(……もしかして、僕の定規を男根アレに見立ててる!?)


 その答えは的を射ているようで、彼女のジェスチャーはまさしく女が男に施す愛撫のソレに近い。

 その淫靡な表情に、困惑や呆れが湧き上がるよりも、情欲をそそる衝動が胸の内から沸々と湧いてくるのを感じる。


「んぅ……ぷは♡…………おいし♡」

 チロリといやらしく舌なめずりする網谷を見て、思考が茹だってしまいそうな僕は思わず前かがみになってしまう。


 神聖な学び舎で、しかも大勢の人がいる授業中に、一体ナニをしているんだと思うコトだろう。

 ……赤の他人が、第三者の視点で客観視していれば。


 しかし。スタイル抜群の絶世美少女が、僕の隣で、僕のものを男根に見立てて、いやらしくジェスチャーしている。

 僕と網谷との間だけで成り立つ余りにも背徳的なこの状況が、こんなにも情を煽るものだとは思いもしなかった。


 この状況が誰かにバレたら、もれなく身の破滅が降りかかるだろう……そんな恐怖の衝動ですら、性的興奮からくる胸の早鐘と同期していた。


 バレてもいい……彼女のイヤらしい演技を見ていたい……。

 そんな煩悩まみれの本能を抑え込み、しかし網谷から目を離せずにいると。


「ふふっ♡」

 妖艶な笑みを浮かべた網谷は定規の持ち手を変え、それを豊満な胸までもっていく。


 そして、次の瞬間。


「…………ぉ、にゅ~ぅ♡」

 にゅぷぷっ…………♡


 定規はやがて、彼女のKカップもある爆乳の間へと吸い込まれていった。

「ゥッッ!!?」


 彼女ほどの爆乳があるからこそ成せる、愛撫の極致。柔らかい乳肉に沈み込んでいく定規を見た僕は、いよいよ股間の膨らみを抑えきれなくなってしまう。


(ぼっ、僕の定規が網谷さんのおっぱいに……!!いっ、いいなぁ……!っじゃ、じゃなくて!!今は授業中なんだから、一刻も早く取り返さないと!!)


 常識人としての理性と、オスとしての本能が脳内でせめぎ合い、結果一言も発せずに網谷の爆乳を凝視していると。


「……あ~~、すっごぉい♡たくちんのモノが、こぉんなに入っちゃったぁ……♡」

 僕の定規は網谷の双丘の間にすっぽりと収納され、その先端がぴょこっと頭を出す形になっている。


(15センチもある定規が全部入り切った……!?いくらKカップもあるとはいえ、そんなことが可能なのか!?)

 余りの衝撃に自分の目を疑うが、現実で行われた以上全てが事実。網谷の制服をパツパツに張り詰めさせた爆乳には、それだけの包容力が備わっているのだ。


 そして。

(…………僕のなんか、余裕で挟んでくれるんだろうなぁ……)

 現在進行形で熱を帯び続ける僕の怒張は、おそらく15センチ定規の半分にも満たないだろう。

 だが、それでも……彼女が僕の恥部すらをも肯定し、身体と意識を委ねた先に……どれだけの快感と、至福が待っていることだろう。


 爆乳に内包された定規に想いを馳せ、淫靡な妄想を繰り広げていると……。



「……四季ー?おーーい、四季ーー?」


「ひゃっっ!!?」

 前方から名前を呼ばれ、正気に戻った僕は素っ頓狂な声をあげる。


「教科書の続きを読んでほしいと思ってたんだが……どうしたんだ?」

 教壇に立つ府馬仁先生は、きょとんとした顔でこちらに呼びかける。

「あ、その、えっと…………」

 夢うつつから現実に引き戻された僕は、クラスメイトからの視線を集めながらどもっていまう。


(ど、どうしよう……!僕としたことが授業そっちのけで、網谷の誘惑に乗ってしまった……!!)

 襲いかかる羞恥に顔はみるみる紅潮し、身体は緊張で萎縮してしまう。


「…………す、すみません。ぼっとしてたみたいで、聞いてませんでした」

「ナニぃ!?」

 消え入るような声で謝罪を述べると、府馬仁先生は声を荒げる。しかし。


「お前みたいな優等生が、珍しいなぁ。まぁ四季の真面目さに免じて、今日のところは大目に見よう。これが粕田か虎井だったら、水入りバケツ持たせて廊下に立たせるがな」

「「何で俺らに流れ玉飛ばすんスか!!?」」

 態度を和らげた府馬仁先生の軽口に、粕田と虎井コンビが自席からツッコミを飛ばし、教室全体が笑いに包まれる。

 それからすぐに、授業は通常へと戻っていく。


 ……た、助かった。

 羞恥による頬の熱は未だ冷めないが、どうやら言い逃れは成功したようだ。

 どっと身体の力を抜き、はぁ……と小さく嘆息すると。


「……あんがと、たくちん♡」

 小意地悪な笑みを浮かべた網谷が、散々舐っていた定規をこちらに差し出してくる。


「…………むぅ!」

「……いひひっ♪」

 定規をバッとひったくり、威嚇するように睨み返すと、網谷は実に溌溂とした笑みで挑発し返してくる。

 また、彼女の手中に嵌まってしまった……。童貞ゆえの己のエロ耐性の無さに、ほとほと嫌気が募っていく。


 取り返した定規をハンカチで拭きなおしている間も、プラスチックの表面に残る熱と湿り気を意識してしまい、結局一人悶々としながら授業をやり過ごすのだった。







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