第24話 くらりの思惑②
二年A組担当教員である茂津の登場により、朝の喧騒は一旦お開きとなり、そこからは通常通りのHRが始まる。
「え~~次は……月に一度の席替えだな。一番前の席からくじ引いてけ~~」
朝の連絡を終えた茂津は、くじの入った箱を気怠そうに取り出す。
席替え。それは、自席の前後左右の顔ぶれが一新する、クラス内で行われるささやかな行事。その開催に、静かに口を閉ざしていたクラスメイト達は一気に色めき立つ。
(席替えか……楽しみだな……!)
この高校に転校して来てから初めての席替え。他のクラスメイト同様、僕は胸の奥からせりあがる高揚によって、身体をソワソワと忙しなくゆする。
(誰の隣でも異論はないけど、でもせっかくなら……)
ガヤガヤと騒がしい教室の中、僕は前方に目をやる。
すると、右斜め前に座る宇田も、こちらに視線を投げかけていた。
「「ッッ!!?」」
突如目が合ったことにより、僕と宇田は勢いよく顔を反らす。
(もしかして、僕が宇田さんの隣になりたいことがバレてしまった……!?いやいや、今の一瞬でそんなことは……!ていうか、何で宇田さんも僕の方を……!!?)
羞恥と困惑で茹だってしまいそうになる脳内を必死に整理し、頬に熱を溜めながらも平静を取り繕う。
「次は宇田の番だぞ~~早く取りに来~~い」
「っ……は、はい……」
茂津に急かされた宇田が、席を立ちくじを引きに行く。
僕と同じように頬が赤らんでいるのを確認できただけで、長い髪に隠れたその表情は確認できなかった。
そうして全員分のくじが引き終わり、次に大掛かりな席の移動が始まる。
「何か理由があって席を交換したいときは、ソイツとちゃんと話し合えよ~~。次の授業が英語だから、端的に済ませるよ~に。羽場先生に怒られんのがいっちゃんダルイんだから」
「そういうことを思っても口に出すべきではないと思うが!?」
茂津にツッコミを入れる不破すらも気にならないほどに、教室内は移動を始める生徒たちでガヤガヤと忙しくなる。
「僕の席は……窓際か」
僕はくじを確認し、中々に重い机を引きずって教室の端へと移動する。
新しく決まった自席は、縦に四列あるうちの後ろから二番目、しかも窓際。
黒板が見ずらいかもしれないが、まぁこればかりはしょうがない。
「おっ、隣は四季ちゃんか。これから隣同士がんばろーな」
「虎井君!こちらこそよろしくね」
僕の右隣に座るのは虎井のようだ。顔見知りでよかった……と、安堵していると。
「とーらーいーくんっ!」
溌溂とした声が後方から聞こえ、僕と虎井はそちらを振り向く。
そこには、可愛らしい笑顔を浮かべた網谷が立っていた。
「な、何だよ?」
「お願いがあるんだけどさ、その席をアタシに譲ってくんないかなぁ?」
「「えっっ!!?」」
網谷からの突然のお願いに、僕と虎井は驚きの声をあげる。
な、何故急に狙ったように、僕の隣を……!?
!も、もしかして……さっきの勉強の件といい、僕に対する包囲網を張り巡らせにかかってきている!?
網谷のおよそビッチらしくない周到な作戦に恐れおののいていると。
「…………嫌だね。網谷、一体何考えてるか分かんねーもん」
虎井はぶっきらぼうにお願いを拒否する。
「虎井君…………!」
しかし、ここで食い下がるような網谷ではなかった。
「えーー?そこをなんとか、お・ね・が・い♪」
ふにゅっ。
網谷は身体を虎井に密着させ、シャツに包まれた爆乳を軽く押し付ける。
先週金曜日の放課後、僕に見せつけてきた誘惑に比べれば、児戯にも等しい色仕掛け。
しかし、相手はエロコンテンツに目のない虎井。
「全ッッッ然、イイよォッッッ!!!!!」
それはもう、清々しい程の承諾であった。
「虎井君!!!?」
「えへ、えへへへへ…………」
色仕掛けにいとも容易く陥落し掌返しをした虎井を正気に戻そうとするも、本人はゴリラに変身するのか?ってくらいに鼻の下をデレデレと長く伸ばしていた。
「ワ――イ、トライクンダイスキ――」
作戦成功した網谷は、子供でも分かるような棒読みで礼を述べていた。
(に、逃げなければ……!!)
僕はそう思い、辺りをきょろきょろと見まわす。
そうだ!黒板が見えないから、とかの理由で前方の人と席を交換すればいい。
早速前方のクラスメイトに声をかけようとするも。
「…………逃がさないから♡」
「うっ!!?」
網谷に襟を掴まれ、引き留められる。
「な、何のつもり?網谷さん……」
「……『網谷さんが望むことなら、何でもするから』♪」
「ッッッ!!!?」
網谷が瑞々しい唇をすぼめて囁いてきた小声に、僕は肩を震わせる。
その台詞は、先週の僕が網谷に向けて放った懇願の言葉。
まさか、その言葉の意味を今ここで………!?
「ダイジョウブ、隣同士だからって怪しいコトはシないから。……でも、アタシを無暗に遠ざけたら、どうなるかは分かるよね……?」
網谷の言葉に、肌が一斉に粟立つのを感じる。
彼女に弱みを握られた僕には、元から一切合切を否定する権利などなかったのだ。
「コレカラヨロシクオネガイシマス、アミヤサン」
「わぁい♪これからもよろしくね、たくちん」
肩をがっくりと落とし頭を項垂れながら肯定すると、網谷は爛漫な笑みで答えてくれる。
(……やっぱり、こういうところは可愛いんだよなぁ……)
網谷の笑顔に充てられた僕は、胸中が照れと困惑で綯交ぜになりながらも、明後日の方向へと目を反らす。
「わが生涯に一片の悔いなし…………」
「お前の人生ちゃちぃなぁ……」
これからの学校生活に絶望した僕は、粕田に呆れられ満足そうにしている虎井を、ただ恨みがましく睨みつけるほかなかった。
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