第23話 くらりの思惑

 ……朝登校したら、先週弱みを握られたビッチギャルにいきなり抱き着かれ、その場面を憧れの清楚美少女に目撃されました。


 今日日あまり聞かないラノベ長文タイトルみたいな事態に陥り、当の僕はしばし放心状態になっていたが、やがて正気を取り戻し身体を奮い立たせる。


「……ちょ、ちょっと!離れて、網谷さん!」

「おっと」


 網谷にあまり触れないよう身体をのけ反らせると、濃密なスキンシップを仕掛けてきた網谷は、意外にもあっさりと食い下がる。


「お、おはよう宇田さん」

「お、おはよう」

 少し乱れた制服を整えたあと、教室の中に入ってきた宇田とあいさつを交わす。

 が、それはいつものものとは違う、見てはいけない物を見た、あるいは見られた後のぎこちないものだった。

 今起きた事態について、どう説明しようか言いあぐねていると。


「そ、その……四季君と網谷さんって……仲が良かった、んだね?」


 まさかの宇田さんの方から話しかけてきた!

 あぁぁあぁ……本人は平静を装ってるけど、きれいな瞳が若干潤んでいる……!僕がビッチの網谷とつるんでると知って、失望してる顔だコレ!


「ち、ちがっ……」

「そうだよーー?アタシとたくちんはぁ、とぉってもナカ良しなの!」

 むぎゅっ!


 宇田の誤解を解こうとすると、後ろから網谷が再度抱き着いてくる。

 こ、今度は後頭部に網谷の柔らかおっぱいの感触が……!


「…………むぅ」

「…………♪」


 眉間にしわを寄せる(でも可愛い)不機嫌そうな清楚美少女と、余裕綽々な笑みを浮かべる(こちらも可愛い)ビッチギャル。

 両者の視線が交錯し、間に挟まれた僕は借りてきた猫状態となる。

 何この状況……誰か何とかしてくれ……と、救いの一手を待っていたところで。


「四季クン、一時限目の英語が始まる前に、今日の予習をしておこうじゃないか。付き合ってくれるかい?」

 一人で予習を行っていた不破がこちらに話しかけてくる。ナイス!

「お、宇田さんじゃないか。おはよう……ん?」

 不破はまず宇田に挨拶し、そのあと網谷を見て眉を顰める。

「網谷さん、キミにしては随分と早い登校じゃないか。何か理由でもあるのかい?」

 この教室にいる誰もが聞けなかった疑問を、不破が臆することなく質問する。先ほどからファインプレー続きだ。


 不破に理由を聞かれた網谷は、その眩しい美顔に小さな影を落とし。


「実はさ……アタシずっと、自分のコト更生できたらいいなって思ってたんだよね……。二年生になった今からじゃ遅いかも知んないけど、まずはベンキョーを一生懸命取り組んで、テストでいい点とるとこから始めてみよ―かな、って思って」


 この教室にいる全員に聞こえるよう、ぽつりぽつりと実情を話し始める。


「休み時間に他クラスの陽キャと下品な話ばっかしてたビッチが、何を今更……」と、どこからともなく聞こえてくる。


 だがしかし。クラスの誰もがそう感じ、網谷の言質に猜疑心を抱いていることだろう。

 可愛さとスタイルの良さという好評よりも、不真面目さと不純さという酷評が悪目立ちするほどに、彼女の総合的な評価は低い。

 僕も先週、彼女からこの教室でエッチな誘惑を受けた張本人なだけに、彼女の弁論は信憑性に欠ける。


 対面する不破も、おそらく彼女の上辺だけの虚言に心底呆れているのだろう……と、思いきや。



「…………感動じだっっっ!!!!」


 ……ワンピの登場人物かってくらいに号泣していた。


「網谷さん……僕は君のコトを、更生のしようが無いダメな人間だと決めつけていた……。でも、違ったんだ!!君は自分の意志で、勉学に向き合うことを決意したんだ!!そんな君の崇高な志を軽んじ、浅薄な決めつけをしていた僕を、どうか許してくれ!!!」


「あ、アハハ……気にしないでいいよ……」

 大粒の涙を流し懺悔する不破の勢いに、若干引き気味な網谷は頬を引きつらせる。何気に貴重レアな表情かもしれない。


「ちょ、不破!あんま網谷のいうコト信じるんじゃねーよ!」

 おんおんと泣き続ける不破に、見かねた粕田と虎井がこちらに向かってくる。


「…………は?なに、あんたら」

 網谷が眉をひそめ、駆け付けた二人に侮蔑の視線を向ける。


「うっ……!あ、網谷はずっと、散々遅刻だの欠席だので、ここの評価を落とし続けてきたんだ!それがいきなり掌返しするなんて、何か裏があるに違いねぇ!」

 粕田は網谷から放たれたどす黒いオーラに怖気づきながらも、クラスの誰もがが抱いていたであろう本音を暴露する。


「なにっ!!?今のは建前だというコトかっ!網谷さん、本当のことを言ってくれっ!!」


「…………アタシ、ウソツイテナイヨ――」

 メチャクチャ棒読みな網谷。


「嘘はついてないそうだっ!!」

 キリッと断定する不破。


「メチャクチャ棒読みだったけど!!?」

「さては勉強できるけど抜けてる部類の人間だろお前!!」

 ツッコミをする粕田と虎井。

 何コレ。新喜劇かな?


「ま、これから全授業マジメに受けんのはホントの話だから。それで相談なんだけど、ちょうどアタシの勉強をサポートしてくれる人を探してたんだよね」

 網谷はそう言いながら、僕に視線を投げかける。


「例えばそう……成績優秀なたくちんとか♪」

「えっ!!?」

「ッッ!!?」

 網谷からの指名に戸惑いの声を上げ、宇田は驚愕に肩を震わせる。


「なるほど、それは理に適っているな。ちなみに、苦手な教科は把握してるのか?」

「英語と国語と、あとは地理とか倫理かな」

「ふむ、つまり文系全般か。僕はどちらかというと理系のほうが得意だから、文系の得意な四季クンにサポートしてもらうのは僕も賛成だ」

「ちょ、ちょっと不破くん!?」

 僕をおいて話を進める網谷と不破に面食らいながらも、話に割り込もうとする。

 しかし。


「えへっ♪これからアタシの勉強をサポートしてくれると嬉しいな、たくちん?♡」

「うッ!!?」


 網谷は背を屈め、こちらに目線を合わせ上目遣いで可愛らしく懇願してくる。


 彼女の小悪魔的な美貌とKカップの爆乳が一望できる、まさに絶景。

 そんな物を真正面から見せつけられた僕は、なけなしの反論を口にすることはできず……。


「……よ、よろしくお願いします」

 了承してしまった。


「アハッ、アタシがお願いする側なのにたくちんが敬語なのはおかしーじゃん!……でも、こちらこそよろしくね、たくちん♡」


 可愛らしい笑顔で約束を取り付ける網谷。

 不破は「よきかなよきかな」と満足そうで、粕田と虎井、宇田は未だ不服そうだ。


 こうして、どこか外堀が埋められた気がしなくもない、網谷と僕の共同講習が始まるのだった。



 ちなみにこの後、担任の茂津が入室し生徒全員が自席につく際、網谷と宇田の二人が火花を散らすようにお互いを睨み合うのを、僕は見て見ぬふりをして過ごすのだった。

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