第21話 亜梨子side―微睡み

「……やっぱり私、四季君のことが好きなのかなぁ」

 凛との通話を終えた亜梨子は、いつもより早めに自室のベッドで横になり、ぽそりと小さく独り言ちる。


 四季に対するこの思いは、この感情は、果たして恋なのか。それともただ、彼のことに興味があるという、知的好奇心からくるものなのか。


 前者にせよ、後者にせよ、はっきりとしている願望は一つある。


 四季ともっと、仲良くなりたい。


 彼ともっと顔を合わせ、気軽に挨拶を交わし、他愛ない会話をする。


 異性と徹底的に隔絶してきた亜梨子にとって、日常生活に「四季拓斗」という異性を意識することは、確実に革新的な選択であった。


 ……が、しかし。


「………どうすれば、怪しまれないように出来るかな」


 男子からのアピールを尽く振ってきた彼女にとって、四季とコンタクトを取るという行為は、一歩間違えればあられもない噂が飛び交うかもしれない危険なものであった。


 これまで恋愛に興味の無かった宇田が、一人の男子にだけ心を許す。

「学校」という閉鎖的な空間でこの情報が出回れば瞬く間に広まり、出鱈目な憶測が飛び交うコトだろう。

 恋愛沙汰に敏感な女子たちは黄色い声でこちらを茶化し立て、玉砕された男子は四季を憎悪の目で見るかもしれない。


「…………うぅ…………」

 ネガティブな思考に陥った亜梨子は、小さく唸り掛け布団を被る。


 小さいころから数多の本を読みふけった彼女にとっては、現実世界での恋愛に関するハウトゥーやノウハウなどゼロに等しい。


 どうすれば周りに誤解されることなく、四季ともっと親交を深められるか。

 瞼を閉じ、暗くなった視界で対策を考え続けた結果。


「…………また来週考えよう」

 今日のところは、諦めることにした。


 いくら時間を費やし考えあぐねたところで、それが無知である以上完璧な答えなど出るはずもない。

 時が過ぎれば日は経過し、いずれ週が明ける。

 そして月曜日の朝には、また彼と―四季と出会えるのだ。

 その時にこちらから挨拶するとか、少し他愛もない会話を織り交ぜるとか、そのぐらいから始めてもよいのではないのだろうか。


 何せ四季のほうも、今のところようだし、だから。


「…………ふぁあ」

 気をいくらか楽にしたところで、猛烈な睡魔が脳内を満たし欠伸を放つ。


 今日のところは、早く寝るとしよう。

 亜梨子はそう思い、ベッドに入ったままリモコンを操作し部屋の電気を消す。


 微睡みに蕩けつつある彼女の脳内に浮かび上がるのは、想い人である四季とのこれからについて。


 こういうのって、まずは友達からスタートするのかな……。

 図書室で一緒に本を読んだり、自習室で一緒に勉強したり。

 あっ、でも……四季君の好きなこととか、全然知らないや……。彼を失望させないためにも、私から理解を深めないと、だよね。


 二人だけの時間をいくらか過ごしたら、今度はお互いの家にも行ってみたりして。


 四季君に、私の可愛いペットたちを紹介してあげたいな。どんな反応するんだろ。


 ドレミに嘗め回されたり、レモンに翻弄されたり、ミシェルに軽くあしらわれたり……。

 ふふっ、考えただけで笑えてきちゃう。


 ある程度仲が良くなったら、二人でお出かけにも行きたいな。


 動物園?水族館?博物館に美術館?彼はどんなところが好きなんだろう。


 お互いに精一杯背伸びしたようなおめかしをして、最初はぎこちない距離感を保ちながらも、ある程度打ち解けたときに、優しく手を握りあったりとかして……。


「…………えへへ」

 四季との妄想にだらしなくにやける亜梨子は、そのまま心地よい眠りへと身を委ねる。

 春の心地のよい宵闇に、四季に抱く特別な想いを胸中に馳せるのだった。



 ……その意中の相手である四季がまさか、校内一のビッチに狙われ、あまつさえ彼の貞操の危機が迫っていることになろうとは、この時の亜梨子はまだ知る由もないのだった。



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