第19話 亜梨子side―回想

 彼との出会いは今思えば、突然にして必然のようなものだった。


「……こ、今学期からこの奏流学校に転校してきました、四季しき拓斗たくとと言います!よろしくお願いします!!」


 彼を初めて知ったのは、二年生に進級した新学期の初め。

 始業式を済ませ初々しい雰囲気に包まれた二年A組にやってきたのは、女子とも小学生とも判別できないほどの、華奢で小さな男子であった。


 彼の頬は過度のプレッシャーで紅潮し、狭い肩は小さくプルプルと震えて、何ならすぐにも泣き出してしまいそうな雰囲気で、さながら借りてきたチワワのようであった。


「男子転校生が配属される」と盛り上がっていたクラスメイト達は、皆彼の容姿に呆気に取られ、先ほどまでの騒ぎが嘘のようにシンと静まり返っていた。

 何時如何いついかなる時もスマホを構う問題児の網谷くらりですら、ポカンと四季を見つめていたのは興味深かった。


「あー、四季はこう見えて一年生のころの学期末テストはどれも五位以内、編入試験は一発合格とまさに絵に描いたような模範生徒だ。皆も彼をサポートしてあげるように」

 四季を連れてきたA組担当教諭の茂津もつは、欠伸をかき腹をポリポリと掻きながら四季の紹介をする。

 新学期早々穴が開いたジャージに汚いサンダルと、まるで女性らしさを三角コーナーに捨てたようなダメ教諭っぷりの茂津に、その時のクラスメイト全員が「その性格の一割でも目の前の緊張している転校生に分ければいいのに」とツッコんだことだろう。


「それじゃ、キミの席はその真ん中の空いてるところね。もし椅子が高かったら、すぐに報告して」

「っは、はいっ!有難うございます!」

 フランクに接する茂津とは対極的にかしこまった四季は、ブリキ人形のようにギクシャクと歩きながら、用意された自分の席に着席するのだった。


 それから程なくして休み時間になった途端、四季の机の周りは彼に興味津々なクラスメイトで、ぎゅうぎゅうに覆いつくされてしまっていた。


「僕の名前は不破郷人ふわ ごうとだ。キミ、学期末テストは諸々満点に近かったそうだね?面白い。僕と友達……いや、良き親友兼ライバルにならないか?」

「え、えぇと……」


「初対面に対する距離の詰め方じゃねーだろ!」

「ほら、四季ちゃんも困惑してんじゃん。俺は虎井とらい、コイツは粕田かすた。よろしくな!」

「分からないことがあったら何でも聞いてくれたまえ」

 親身になろうと距離を詰める男子生徒に囲まれあたふたする四季を、私は自分の席に腰掛けながら遠目で眺めていた。


「転校生のところに行かなくていいの?宇田にゃん」

 傍を通り過ぎた網谷がふらりと教室から出ていくのを見送ると、女子生徒の三仙さんせん美紗みさが話しかけてくる。


「四季君は転校生でしょ。まずは彼が新しい環境に慣れていかないと、情報量で色々と混乱しちゃうじゃん」

「おっ、別名『男子の全力告白玉砕マシン』の宇田にゃんが、最初から『くん』付けとは!これはポイント高いですにゃあ」

「新学期早々怒らせたいの?」

 茶化す三仙をキッと睨むと、彼女は招き猫のような笑顔で「にゃはは」とはぐらかす。


「でもホントに変わった転校生だねぇ。どちらかと言えばオタクっぽいけど、小動物系ステータス全振りのカワイイ男子だにゃあ」


 頬杖を突きながら転校生を観察する三仙の視線を辿る。そこには、クラスメイトの女子からお菓子を貰い美味しそうに頬張る四季の姿があった。

 頬の赤身はまだ残っているが、甘いお菓子を美味しそうに頬張る姿はまさに小学生そのものだ。


「気になるなら話しかけてみたら?」

「またまたぁ。ホントは宇田にゃんも気になってるんじゃないのぉ?」

「はぁ?」

 周りに気を遣い、小さな声で三仙の言葉を疑う。

「だって宇田にゃんの家ってペットばかりでしょ?あーいう小動物系の男子も気になったらするんじゃないの?」

「本気で何言ってるのか分からないけど、私は同じクラスメイトの男子のことをペット扱いなんてしないから」

「まぁまぁ。二年生に進級したのを機に、男子との春をスタートしたらいいんじゃないかにゃ?」

「あほらし」

 にやついたままの三仙を放っておき、クラスの空気から逃げ出すようにお手洗いへと向かう。



「ふぅ…………」

 お花摘みが済み、手を洗ってからハンカチで水気を取る。

 扉を開け爽やかな陽気が差し込む廊下に出ると、二人組の男子生徒と顔を合わせる。


「ぅおっ……お、おはよう宇田さん」

「うん、おはよう」

 たじろぐ男子生徒からのどもった挨拶にも、愛想笑いを浮かべ挨拶を返す。

 それから二人組とすれ違い、自分の教室に戻ろうとした……ところで。


「ふぃい、急に宇田さんが出てきてびっくりしたぜ」

「な。それにしても、マジで宇田さん可愛いよなぁ」

「それそれ。俺みたいなのにも挨拶返してくれたし、もしかするとワンチャンあんじゃね!?」

「バッカお前、これまでどれだけの男子が告白しては振られてると思ってんだよ」

「でもマジで男子全員のビッグドリームだろ!?超絶カワイイ美少女の宇田さんと付き合えるなんて、これ以上ない超絶ステータスじゃん!!」


「…………はぁ」

 戯言を繰り広げる男子二人組の気配がなくなったところで、大きなため息を吐く。


 大体の男子なんて、所詮そんなものなのだ。

 第二次性徴期の成熟に伴い、異性の外見に強く惹かれる年ごろ。ただ「可愛い」から、「美しい」から、「発育が良い」からという理由だけでアプローチを試みる、行動力だけはご立派な者たち。

 彼らにとって「異性と付き合う」というのは、「思いきって金髪にしてみた」とか、「奮発して割高な服を買った」とか、うわべを装飾するステータスの補完にすぎないのだろう。


 勿論、そんな浅慮な思想に肩入れする気持ちは毛頭もない。


 何を隠そう宇田家のみならず親族みな美顔ぞろいであったため、薄化粧だけで際立つこの美顔に惹かれ、交際を迫る男子は数知れずいた。

 高校入学と同時に二年三年の先輩からの告白の嵐に見舞われ、全てを振り切る心労は筆舌に尽くしがたかった。まさか私と交際したいがために破局された女の先輩から、真っ昼間に強く恫喝されたときは学級裁判沙汰にもなったものだ。


 こんな願望は贅沢も甚だしいのは百も承知だが……こんな目に遭うぐらいなら、少しぐらい均整のとれてない顔立ちのほうが、楽だったのではないのだろうか。


 ……いや、駄目だ。大好きな親から受け継いだ顔を蔑ろにするということは、これまでの家系そのものを蔑ろにするということ。

 宇田家の一人娘として、そう考えることだけはあってはならない。


 陰鬱な心情を抑え暗い面持ちで教室に戻ると、幾ばくか周りから解放された四季と目が合う。


「…………あっ」


 もしかして、同じクラスメイト?彼がそう言いたげだったので、


 にこっ。


 やはりここでも、最低限の愛想笑いを浮かべる。


「………ッ!」

 そうすると彼は顔を真っ赤をし、少し俯いてしまう。


 …………もしかして彼もまた、あらぬをしてしまったのだろうか。


 初対面の転校生を動揺させた、己の軽率な行動に罪悪感を募らせながら、机の中からお気に入りの文庫本を取り出す。


 やはり、本はいい。

 質素なカバーに内包された、白半紙の束と黒文字の羅列。しかし一度ページを開けば知られざる世界が怒涛のように脳内に展開され、現実のすべてを忘れて没入することが出来る。


 ……私が私でなくなる様な、そんな感覚が得られる。


 そうして私は休み時間いっぱいまで読書に熱中し、今年もまた図書委員に志願することを、胸に固く決意するのだった。






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