第18話 亜梨子side―通話②
「げほっっ!けほけほっ…えほっ……!」
「リコ、ダイジョウブ!?」「ばふっ!」「んなぉ!」
動揺した
『ご、ゴメン……まさかそこまでビックリするとは思ってなかったから……』
「り、リン姉……もしかしてその話、お母さんから聞いた……?」
『え……う、うん。この前、叔母さんと通話した時に』
ようやく落ち着いた亜梨子は凛からの返答に、「はぁ…………」と重いため息を吐く。
凛の言う「カワイイ転校生」とは、おそらくクラスメイトの
確かに四季が奏流高校に転入してきてしばらくしてから、彼に関する話題を母親との談笑のときに交えはしたが、母はそれを過大に解釈したようだ。
「確かにクラスに転校生は一人いるけど……私は彼のこと、カワイイなんて誇張してないから」
『えぇ、そうなんだ。この前叔母さんと話したときに、『小さい時から男の子と距離を置いてた
母の口調を真似しながら回想をする凛の言葉に、亜梨子はポッと顔を赤らめる。
そう言われてみれば確かに、自分から同年代男子の話をすることなど、いくら母親との会話と言えどこれまでに数えるほどしかなかった。
それを自発的に引き出したとなれば、母が勘違いするのも仕方がない。
「母さんもリン姉も勘違いしてるみたいだけど、私は四季く……彼のことなんて、同じクラスメイトとしか見てないから」
『えぇ~~、ホントぉ?実際は少し気になってるとかなんじゃないのぉ?」
「だから、そんなわけ…………」
訝しげな凛から向けられた疑問を否定しようと、亜梨子は四季の容姿を脳裏に思い浮かべる。
小学生のような低身長に、成長期とは程遠い華奢な体躯。
女子であるはずの私が心配になるほどの非力さ、頼りなさ。
でも。
図書館や自習室で見せる、勉学へのひたむきな姿勢。
誰に対しても優しく、相手のことを第一に慮る誠実さ。
そしてその特徴的で柔かい笑みは、悪を知らない子犬のようで。穢れを知らない赤子のようで。
「…………………………………………ないよ」
『……ブフッッッ』
「なに笑ってんの!!?」
四季についていろいろ想起し否定の言葉を詰まらせた結果、答えを待っていた凛は盛大に噴き出してしまう。
『あーーー、ハイハイ。そういう感じね?いやぁ、若いっていいですなぁ』
「ちょっと!リン姉まで勘違いしてない!?」
頬の熱が上昇するのも気にせず、何故か納得気な凛を説得しようと試みる。
だが、
『分かった分かった。その転校生をどう思ってるのかが知れて良かったよ。あ、ちなみにアタシは結構経験豊富な方だから、仲良くなりたい相手に好印象に思われたい仕草とか、理性を一発でオとしたいキメ台詞とか聞きたかったら、このアタシに一報入れてね』
「勘違いしてるじゃん!ソレ絶対勘違いしてるじゃん!!」
『アハハ、来週からその転校生とどう接したいか、自分の中で整理しとくのが吉だと思うよ。そんじゃ、夜も遅いからもう通話切るね』
「あっ、ちょっ……!」
『んじゃまた。おやすみー』
ブツッ。
誤解を解こうと四苦八苦してるうちに、満足げになった凛が一方的に通話を切ってしまう。
「…………はぁあ…………」
再び訪れた静寂に、脱力した亜梨子は深いため息を吐く。
「リコ、ダイジョウブ?」「ぼふ?」「なぉ」
突然むせたかと思えば顔を赤らめ、激昂したかと思えば陰鬱としたりと忙しい飼い主の様子に、三匹のペットはどう接すればいいのか困っているようだ。
対して亜梨子の胸中は、もやもやとした感情でいっぱいだった。
これだけ彼のことに関して露骨な素振りをしてしまうのなら、母が色々と察するのも無理はない。
私は今、この十余年の年月を以て初めて、同年代の異性に特別な感情を抱いている。
私は、四季拓斗―彼のことを、認めている。少なからず意識している。
そして同時に、彼のことをもっと知りたいと思ってしまう。
親しくなりたいと願ってしまう。
それだというのに、この気持ちにどう向き合えばいいのか分からない。
どう分析すればいいのか分からない。
色恋沙汰と勘違いされたくないのは、私自身がこの感情にどう向き合えばわからないから。こればかりは幼稚だと言われても反論できないだろう。
だって私に、どれほどの知識はあっても……異性との接触に関しては、鼻で笑われるほどに、経験が不足しているから。
「…………はぁ」
まずは私自身が、この感情を受け入れるところから始めたほうがいいのかもしれない。
再びため息を吐きながら熱の逃げた頬を両手で包み、思考を整理するようにソファに身を委ね、ゆっくりと脱力をするのだった。
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