第17話 亜梨子side―通話
ここは瀟洒な一軒家や綺麗なマンションが立ち並ぶ、檀上市内の住宅地域。
それらは全て、暗い夜の黒と街灯の仄かな橙色とのコントラストによって、淡く色づいている。
様々な外装が成された建物のなかの一つ、大理石のように白い壁が特徴的な一軒家。
その玄関には、「宇田」と書かれた表札が飾られていた。
「ふぅ」
入浴が済み可愛らしいパジャマを着た美少女―
学校から帰宅した彼女は早めに風呂を済ませ、寝るまでの時間をのんびり過ごそうと決めていた。
「ばふっ」
亜梨子がリビングに入ると同時に、毛むくじゃらの大きな物体が彼女に近づく。
その正体は、大型犬のセント・バーナード。名前は「ドミノ」―宇田が家で飼っている立派なペットだ。
「あはっ、ドミノ。お風呂に入ったばかりなのに、毛だらけになっちゃうじゃん」
「ぼふっ」
亜梨子は懐いてくるドミノに対し嫌がる素振りを見せず、そのふかふかの背中を優しく撫でてじゃれ合う。
パジャマ姿の美少女と大型犬が仲睦まじく寄り添っている光景は、さながらドラマの演出並みに完成度の高いものであった。
「なぉ」
「リコ、オカエリ!」
しばらくドレミとじゃれ合っていると、二つの小さな影が姿を現す。
「お待たせ、レモンにミシェル」
亜梨子にそれぞれ擦り寄ったそれらを、彼女は優しくなでる。
彼女の肩に止まりヘッドバンギングを繰り返すのは、オカメインコの「レモン」。脚に頭をこすりつけゴロゴロと喉を鳴らすのは、シャム猫の「ミシェル」。
どちらもドミノと同じく、宇田の大切なペットである。
「リコ、オナカヘッタ!オナカヘッタ!」
「ぼふ」「なぉ」
肩でヘドバンをするレモンからの催促に、ドミノとミシェルが鳴き声で同調する。
「ゴメンゴメン、先にどうしても身体をさっぱりさせたくて。すぐに準備するから待っててね」
優しい笑みを浮かべる亜梨子からの了承に、ペットたちはもう一度嬉しそうに鳴き合うのだった。
広いリビングで三匹のエサを用意した後、亜梨子は作り置きしたカレーライスを皿によそう。
一人で短い夕食を済ませた後、床に寝転ぶドミノとじゃれ合うレモンとミシェルを尻目に、宇田はソファに座りテレビを眺める。
ピリリリリリ。
各チャンネルを何往復かしたところで、着信音が響き渡りスマホを手に取る。
『リン姉』
画面に映し出された名前を見た亜梨子は、少し胸を高鳴らせて通話開始のボタンを押す。
『やっほ~~リコ。元気してる?』
「こんばんは、リン姉。私は元気だよ」
スマホから響く明るい声に、宇田は律義に挨拶を返す。
通話の相手は、昔から亜梨子を実姉のように気に掛ける遠い親戚、
『そっか、よかった。叔母さんは今日も残業?』
「うん。仕事のほうが佳境だっていうから、明日まで帰ってこないと思う」
『あはは、相変わらず仕事人間だねぇ。帰ってきたらちゃんと労ってやりなよ?』
「分かってる。明日は大好物の手作りシチューを作ってあげる予定だから」
『おっ、いいねぇ。リコのシチュー、私も久々に食べてみたいなぁ」
テレビの電源を落とし、スマホの向こうにいる凛と他愛のない会話を繰り広げる。
我が家のペットたちが悠々自適に過ごしていても埋められなかった、一抹の寂しさが徐々に紛れるのを宇田は嬉しく感じていた。
「そういえば、仕事の方はどう?リン姉」
スマホ通話での雑談は、やがて凛のほうへとシフトする。
『そうそう、それそれ!いやぁ、もう大変だよぉ……移動からの顔合わせでまた移動、相手側におべっか使うのも大変でさぁ……』
「……大変そうだね」
『特急でいくら良い席予約しても、家に帰ってきたころには身体がバキバキなんだもん!このでかい胸がただでさえ重くて肩が凝り続けてるっていうのに、このままじゃ身体全体が固まっちゃうって!」
「………………………………」
部分的なスペックを無自覚に主張する凛に、亜梨子は長い沈黙で抗議する。
というのも、過去に宇田が培った勉強と読書の末に、健康的な睡眠を怠ったが故の『A寄りのB』という小さな代償は、温和で大人しい彼女の唯一の地雷であった。
『………あ゛っ』
やがて、通話の向こうの凛が「やってしまった」、とばかりに小さく呻く。
『ほっほら!リコだってまだワンチャンあるよ!色々試してたら、これから大きくなるかもだし!』
「まだ何も言ってないけど」
『そっそれに!大きいのが全てとは限らないって!私みたいに大きくても肩が凝るだけだし、歩くだけでブルンブルン揺れるから上手に走れないし……』
「通話切っていい?」
『あああああああ待って待って待って!!』
トーンの変わらない亜梨子からの返答に、凛は慌てだす。
『はぁ…………ふふっ』
「…………どうしたの?リン姉」
何とか通話をつなぎとめた凛が急に笑い出し、亜梨子は様子を窺う。
『いや、家族との通話はホントに楽しいなぁって思ってたとこ。仕事のために
「リン姉…………」
優しく快活な笑顔が特徴的な凛が発する、心労と寂寥感を察した亜梨子は、己の感情を優先して通話を切ろうとした自責に駆られる。
「…………さっきは通話切ろうとしてごめん、リン姉」
『あははっ、何でリコが謝るのさ。アタシとしては通話に出てくれただけでホントに嬉しいんだよ?』
亜梨子は元の明るい声色に戻った凛の様子に安堵し、用意したピーチジュースをくぴ、と小さくすする。
『あ、そういえば。アタシからリコに聞きたかった事があるんだけど』
「うん?」
『最近リコはカワイイ男子転校生のコトが気になってる、って聞いたんだけど、それってホント?』
「ブ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! ! ! ! !」
『「「「!!!??」」」』
亜梨子は凛から振られた話題の衝撃に耐えきれず、口に含んだジュースを盛大に噴き出し、凛と三匹のペットたちを大いに驚愕させるのだった。
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