第14話 崩壊
放課後、僕は校舎の隅にある自習室を借りて一人で自習を行っていた。
先ほどまでは親友の男子三人組が居たのだが、不破は用事があるからと、粕田と虎井は「小テスト対策に関してはもう問題ない」と言い離席した。
カチ、カチ、カチ、カチ…………
カリカリカリカリ…………
かけ時計の秒針が進む音と、鉛筆と紙がこすれる音すらうるさいぐらいに勉強に集中する。
それから部屋に誰一人として訪れることはなく、時は進み。
キ――ンコ――ン、カ――ンコ――ン。
午後17時を知らせるチャイムが鳴り響き、我に返ったように前傾していた姿勢を正す。
「あぁ、もうそんな時間か……。そろそろ帰ろう」
五月に入り日の入りが遅くなったとはいえ、茜色だった空には夜の気配が入り混じり、校舎にくすんだ暗闇をもたらしていた。
視界不良や足元不注意により、何か事故が起きては元も子もない。思考を切り替え、荷物をまとめて帰る準備をしよう。
……と、思ったのだが。
「あ、あれ?英語の教科書がない……」
カバンの中をガサゴソと漁るが、英単語の教科書だけが見つからない。
昼休みに行った合同勉強会の時にはあったはずだ。
ということは……教室の机の中か。
「……仕方ない。取りに戻ろう」
はぁ……と小さくため息をつき、カバンを担ぎ部屋の電源を消してから退室する。
こつん、こつん……
自分の靴音だけが響く廊下に人の気配は全くなく、何とも言い難い不気味さが歩調を躊躇わせる。
「うぅ、怖い……教科書を持ってさっさと出よう……」
階段の薄暗さに身をすくめながら、二年生のエリアに足を踏み入れる。
そして訪れた、2年A組のドアをガララッと開けた、その時。
「っ!?」
誰かいる!?
入室すると同時に感じた人の気配に、身体を硬直させる。
その気配は身体を隠しているわけでもなく、堂々と教室の中央の机に腰かけていた。
沈みゆく西日が差し込む薄暗い教室に、一人ぽつんと残っていたのは――。
「網谷、さん……?」
バニラのような明るい髪に、ラメを混ぜた化粧を纏った眩しい美顔。
豊満な胸部にくびれた腰といった煽情的なスタイル。
クラスメイトのギャル、網谷くらりだ。
「…………やっほー、たくちん♪」
網谷はこちらに顔を向け、にぱぁっと明るい笑みを浮かべる。
「ど、どうしたの?こんな時間に、一人で……」
その笑顔をなぜか直視できず顔を背けた僕は、網谷がこの教室に一人でいた理由を尋ねる。
「んーー、ちょっと用事があってね。そういうたくちんは?」
答えをはぐらかされた僕は、網谷からの質問に答えようとする。が、
「ぼ、僕は忘れた教科書を取りに…………あれ?」
「ん?」
「…………な、何で僕の机に腰かけてるの?」
そう、教室にいるのが網谷だと判明してから、ずっと抱いていた違和感。
網谷は窓際にある自分の席ではなく、中央にある僕の席に腰かけていたのだ。
「あーー、アタシもこの教室に来たときに、グーゼンたくちんの机にあった忘れ物が目に入ってたんだ。ソレで、たくちんが取りに来るのかなーって思ってたの」
「そ、そうなんだ」
それだとしても、何故網谷が待つ必要が……?
という僕の質問は、すぐにかき消えた。
「もしかして、たくちんの忘れ物ってコレ?♪」
「あっ!」
楽しげに笑う網谷が掲げたのは、僕が忘れた英単語の教科書。
ひとまずは礼を述べ、それを受け取ろうと近寄ると。
「…………ふふっ♡」
網谷は小さく微笑み、教科書を手の届かないところまで高く掲げる。
「…………え?ど、どうしたの?」
網谷の行為に訳が分からず、困惑していると。
「そういえば、たくちんの忘れ物の中に……こんなモノがあったんだよねぇ♡」
ちらっ。
網谷はそう言いながら、一枚の紙を掲げる。
「っ!!?」
その紙を見た僕は、身体をめぐる衝撃に喉を詰まらせそうになる。
それは、虎井が所持金をはたいて購入した代物……グラビアアイドル・水上乃蒼の限定プロマイドだ。
「へぇ……たくちん、イイコのふりしておいて、こんなのに興味あったんだぁ♡」
「……!ち、違っ……!!」
意地悪な笑みを浮かべる網谷に必死の弁解を試みようとするも、喉からうまく言葉が出ない。
何で僕の教科書に、虎井の忘れ物が……!?
!も、もしかして図書館で宇田に話しかけられたとき、皆で慌てて写真を隠したから、そのはずみで入れ違いになったのか!?
焦燥に駆られる頭の中で原因はひとまず解明できたが、その事情をどう網谷に説明しようか。
「そ、その写真は、実は虎井君ので……」
「虎井……あぁ、金も度胸もないくせに胸ばっかチラチラ見てくるのか」
全然懲りてないんじゃん……と心の中で虎井に突っ込む。
「そ、そう。その虎井君が隠れて学校に持ってきてて、僕と親友の二人に見せてきたんだ」
「へぇ…………」
こちらの必死の弁解を、納得したかに思われた……が。
「…………それで、思わず欲しくなったから一枚くすねてきた、と」
「チガッッッ!!?」
網谷の思わぬ解釈に、思わず声が裏返ってしまう。
「へぇ、オトモダチの大切なものをこっそり奪うとか、優しそうな顔して結構ヤル事あくどいじゃん♪」
「ち、違う!それはその、皆で急いで片づけたときに、入れ違いになちゃって…………!!」
早口且つ身振り手振りで誤解を解こうとするも、楽しそうな網谷に通じている様子はない。
「『真面目で成績優秀な転校生が、エッチな写真を隠し持ってた』なんてコト、学校の先生とかクラスメイトが知っちゃったらどうなるのかなぁ……?」
「…………っ!」
こちらを揺さぶるような網谷の発言に、身体からは熱が逃げ悪寒に襲われる。
目の前の網谷は、本気だ。
からかい半分で他クラスの生徒にあることないことを吹聴し、ネタのつもりで僕を貶しにかかるだろう。
たとえそれが、友達の愚行による濡れ衣だったとしても。
もしそうなったら、この学校に転校してから築き上げてきた、僕の地位は水の泡になってしまう。
先生からは愛想を尽かされ、同級生からは蔑みと冷やかしの目で見られることだろう。
もしかしたら、仲良くなれるかもしれないと思っていた、宇田さんにも――。
起こりうる最悪の未来を想像して、目頭が熱くなる。
絶対にこの場で弁解しなければ、僕の学校生活が崩壊してしまう――。
「……っお願い、網谷さんが望むことなら何でもするから……他の人には喋らないで………っ」
「――――――っっ♡♡」
ぶるるっ!♡
僕からの懸命な懇願に、目の前の網谷は顔を赤らめ身体を大きく身震いさせる。
うぅ……僕みたいな弱者を
目をぎゅっと瞑り、答えを待っていると……。
「…………アハハッ!そんな怖がんないでいいよ、たくちん♪」
網谷からの返事は、実に拍子抜けするような調子のものだった。
「…………へ?」
「ゴメンゴメン、たくちんの机にこんなのがあったのが意外だったからさ、ついでに反応を愉しんでみたかったんだよね。他の人にこのコトを言うつもりは全くないよ」
「そ、そうなんだ」
手を振りけらけらと笑う網谷に、ほっと一息つく。
何だ、ジョークだったのか……それにしては随本気のように感じられたが。
「…………でもさ、たくちん」
「…………こーいう『エッチなこと』にキョ―ミあるのは、ホントなんだよね?♡」
「っっウ!!?」
ズイッと距離を顔を近づけて囁いてくる網谷に、僕は顔をのけ反らせる。
頬を紅潮させた網谷がちらつかせるのは、手に持ったプロマイド。
グラビアアイドルの水上乃蒼がビキニに包んだ巨乳を寄せ揚げ、その谷間に挟んだバナナをかじるといったとても過激な内容だ。
「…………っな、ないよ」
「えぇーー?♡嘘だぁ。これと同じ光景が見たかったりしない?♡」
「ない、ないったら!」
写真から必死に目を背けるも、網谷からの甘い吐息が混じった声により、理性の制御に務めるのが難しくなってくる。
「ふーーん……実はいうとさ、アタシ安心したんだよね」
「……な、何が?」
「真面目で優等生なたくちんも、エッチなことにキョ―ミあるんだってことが♡」
ぷちっ♡ぷちっ♡
「……?ッいぃ!!?」
網谷からの聞き慣れない物音に顔を向けた僕は、その光景に絶句する。
網谷はその緩かった襟元をさらにはだけさせ、その豊満な乳房の上半分までシャツのボタンを外していた。
襟から顕わになった乳肉の圧倒的なボリュームを見せつけられ、僕の目は強い寄せられてしまう。
「っな、何してるの網谷さん!!」
僕は両手で目を隠そうとするが、谷間から放たれる色香はこちらの判断を困難にさせる。
だが網谷から帰ってきた言葉は、さらに混乱を極めるものだった。
「もう取り繕う必要もないからいうけど………アタシずっと、たくちんとセックスしてみたいと思ってたんだよね♡」
「……………………へ?」
「さっきのことは黙っておくからさ……ここでアタシと、エッチなことして遊ばない?♡」
妖艶に微笑む網谷はこちらを見据え、いやらしい光沢を纏った舌をちらりと覗かせるのだった。
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