第10話 拓斗side―一人の夜➀

「ただいま」


 学校が終わり自宅に着いた僕は、鍵のかかったドアを開けて玄関に入る。

 薄暗い家の中は人の居た気配がかすかに残っているが、今はもぬけの殻だ。


 靴を脱いで入ったリビングの机の上には、ラップがかけてある手作りの夕食と封筒、そして置手紙が置いてあった。


 拓斗、お帰りなさい

 夕食を作っておいたから温めてから食べてね

 それと、今月分のお小遣いを置いておきました

 あなたなら大丈夫だと思うけど、有意義に使ってね

 母より


 置手紙には、夜勤勤めである母さんからの伝言が書かれていた。

 スマホが普及したこのご時世にあえて手書きのメッセージを残すのは、一人息子である僕に対する母さんなりの思いやりだろう。


「ありがとう、お母さん」

 僕以外に誰もいないリビングで、心温まる至福のひと時を感じながら、貰ったお小遣いを財布にしまうのだった。


 それから僕は、寝るまでに残された時間を有意義に使うため、一人で家事をてきぱきとこなした。


 17時30分、衣類を洗濯機に入れてから入浴。

 18時00分、ラフな私服に着替えてからは、リビングで一人テレビをつけながら夕食。

 18時40分、脱水が終わった洗濯物を乾燥機にいれ、そのあと皿洗い。

 19時00分、リビング全体の簡単な掃除をした後、制服のアイロンがけなどの明日の学校の準備に取り掛かる。


 19時20分、自分が担当する家事は一通りこなし、リビングのソファに寝転び脱力する。そしてスマホを起動し、サービス開始してからさほど経過したスマホカードゲーム、「シャイニングデュエル」をポチポチと操作して余暇を満喫する。


 予め組んでいた予定などによりずれは生じるが、コレが学校から帰ってきた後にこなす僕のルーティンワークだ。


 以前この日程を友達三人に話したときは、粕田と虎井は未知の生物を見るような目で呆然としていたし、不破に関しては

「家でそれほどの雑務をこなしていながら高い学力をキープしていたというのかっ……!?ま、負けた……人として、学生として……!!」

 と、何か勝手に打ちひしがれていたし、何故か僕が勝利していた。


 まぁそれぞれの家庭にそれぞれの環境があるわけだし、僕の場合は少し特殊だから驚くのも無理はないだろう。


 さかのぼること一年前、僕の父さんがもともと患っていた合併症により、この世を去った。

 残された母さんと僕は、かつて住んでいたこの家が偶然空き家だったため、三人で住んでいたマンションを離れることを決め、今春この町まで引っ越してきた。

 一人親になった母さんは僕を養うため、近くの医薬品工場に就職。もともと高学歴なのと真面目な性格が相まってか、面接の時点でそれなりに高いポストに就けることが確約していたようだ。

 ただ条件もあって、勤務体制が少し特殊なこと。その工場は日夜問わず稼働し続けているため、日勤を二週間続けた次の週は、シフトが入れ替わり夜勤が二週間続く……その繰り返しらしい。

 つまり今週の母さんは夜勤が続き、それが来週末まで続くのだ。

 初めての夜勤から帰ってきたときの母さんはかなり疲労困憊していたため、それを見た僕も家事に協力することを決めた。最初母さんからは「勉学に専念してほしい」と断られたが、身体的に厳しい夜勤を務める母さんに無理はさせられない、ということで押し通したのだった。


 実際、最初はぎこちなかった家事は慣れてしまえば楽しかった。性に合うだけなのか、スマホでゲームを嗜むより家のため、家族のために時間を費やす方が有意義に感じれたからだ。


 ただ一つ、いまだに慣れないことがあるとすれば。


「さて、勉強に取り掛かろ」

 ソファから立ち上がり独り言ちても、返ってくるのはリビングの静寂のみ。

 この家に戻ってきてからしばらく経つが、この広い敷地に自分だけがいる寂しさには、馴染むことが出来なかった。


 20時00分、自室に戻った僕は勉強机に座って宿題に取り掛かる。

 指定の宿題を終わらせた後は今日の授業で習ったところの復習を始め、そのあとは今後の予習に取り掛かる。


「……あ、そうだ。羽場先生に、小テストをする二人のサポートを頼まれてたんだ」

 予習をある程度済ませた僕は、今日の英語のテスト用紙を引っ張り出し、赤点を取った二人のための英語の履修を始める。


 そして僕は、21時30分―就寝の30分前までひたすら勉学に励むのだった。

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