第7話 性欲と追憶➀―悩み

 それは、四季が奏流そうりゅう高校に転校してくる、少し前のこと。

 二月下旬、檀上だんじょう市内のファーストフード店内にて。


「はぁ??セックスレスぅ???」


 昼下がりのイートインエリアに突如下品な単語が響き渡り、ボックス席で談笑していた主婦グループとホールの清掃をしていた男性従業員が、声のしたほうに目を向ける。

 中央の相席用テーブルには、声の主である黒髪かつ細身のギャル―佐久須照乃さくす てるのが、呆れた顔をして座っていた。


「ん……まーね」

 その向かいには、浮かない顔をしたくらりが座っており、照乃の大声を咎めることもなくソフトドリンクをすすっていた。


「レスも何も……アンタが一声かければ、サルみたいにがっついてくる男なんて大勢いるでしょうに」

「や、そーいうことじゃなくて。なんか最近色んな男とヤッてても、マンネリっぽいんだよねー」

「なんソレ。もっと詳しく」

 不服そうに唇を尖らせるくらりに、照乃は興味深そうに身を乗り出す。


「ほらアタシ、昔からメッチャ性欲強いじゃん?だから高校入ってからセフレとか何人か作ってみたんだけど、どれとヤッても『コレジャナイ』感ばっかなんだよね」

「マジ?そんなヘタクソばっかなん?」

 照乃からの問いかけに、くらりは「うーーん」と悩んだあと。


「ヘタクソっつーか、相性かな。向こうは勝手に達して満足してるけど、こっちはまだムラムラしてんだけど的な」

「確かアンタが作ったセフレ、チャラいのばっかじゃない?大きさも体力も申し分ないっしょ?」

「あーー、確かにそうなんだけど。アイツら総じてバカだから、モノが大きくて激しけりゃ女は勝手に満足すると思ってるのがヤなんだよね。下手すりゃ気持ちいいとかより、ただ痛かっただけで終わることあるし」

「マジか。でもさ、アンタみたいに可愛けりゃ、優しいイケメンの男子とかも食い物に出来んじゃない?」

「んーー、顔面偏差値高いのとは何回かヤッたかな。でもさ、どいつも変なプライドが働いてんのか知んないけど、こっちが優位に立とうとするとあからさまに不機嫌になんだよね。しかも達するの早いくせに体力ないし」

「まぁセックスに顔がどうのこうのとかはあまり関係なさそうだもんね、アンタ」

 渋い顔をする(でも可愛い)くらりと、ピアスがバチバチに空いた顔を破顔させてけらけらと笑う照乃。


 昼下がりの陽ざしが差し込む店の中央で、恥も外聞もなく生々しい話を繰り広げるギャル二人。

 端のボックス席では、主婦たちが眉をひそめてヒソヒソと何かを話し合い、真面目そうな男性従業員は二人にどう声をかけようか躊躇っているようだ。


「じゃあ、どこのクラスにでもいるオタクとか陰キャとかは?」

「…………あーー。あーいうのは口とか胸だけで勝手にイクから、金稼ぎとしては悪くないんだけど。正直セフレとしてはどうかなって感じ」


「…………それにしては、結構迷ってなかった?」

「何つぅの?相手してあげるオタクの中に、結構カワイイ反応するのがいるんだよね。ソレ見てると、私もときめいちゃって、つい乗り気になっちゃう……みたいな」

「じゃあオタクでいいんじゃん」

「でもなぁ。大体笑い方キモイし、何か不潔だし、エロ漫画ばっか読んでるから勘違いしそうだし。……せめてアレの性能が良ければいう事は無いんだけど、果てんのもバてんのも最速だし」

 たわわに実る爆乳をテーブルに押しつぶす形でうつ伏せになるくらりを、照乃は「注文が多いやっちゃな」と言いたげな表情で見下ろすのだった。


「……そういえばアンタ、好きな体位って何だっけ」

 少しの沈黙の後、くらりにとんでもない質問をする照乃。

「めっちゃ唐突じゃん。騎乗位だけど」

 臆する様子もなくサラッと答えるくらり。


「やっぱりね。アンタは竿役を自分よりも下に置きたくて、どうにかしてやりたい支配欲が強いんかもねぇ。知らないけど」

「そうなのかなぁ」

「モノがでかいチャラ男でも、顔面偏差値高い男でも『なんかチガう』んしょ?じゃあそれ、顔がどうこうモノがどうこう言うより、くらりは竿の『反応』を見るのが楽しいんじゃない?」

「…………そうなのかなぁ」

 真面目な分析をする照乃に、同じ反応を返すくらり。


 くらり自身、ムラムラすれば電話一つでモノをおってて呼べる竿が大勢いたため、自性癖の分析など考える間もなかった。

 発散はできても満足はできない。

 ここ最近のセックスに対するマンネリ化は、自己分析を怠ったが故なのかもしれない。


「えーーと、ここまで言ったことをまとめると……『モノが良くても、痛いのと雑なのはダメ』、『行為中に変なプライド働かすのは引く』、『不潔なのとキモイのはNG』、『でも可愛い反応見るのは楽しい』……なるほどね」

 照乃は自分の指を折りながらこれまでの情報を総括し、分析するために少し沈黙する。


「…………何か、麻万里亜ままりあみてーだな」

「はぁ???」

 照乃のまとめた総評に、くらりは今日一番の大声をあげる。


 二人の脳裏に浮かぶのは、同じギャルにして停学という重罰を食らった犯罪者予備軍ショタコン……もとい、榛葉しんば 麻万里亜ままりあの顔であった。


「アタシをあんな変態と一緒にすんなし!」

「アイツだって要は『保健体育の一環だよぉ~~♡』とかほざいて、夜な夜な小学生を連れ込んでたわけっしょ?モノがどうこうより、アイツは初心ウブでガキくさい、性に関しちゃプライドもへったくれもない男の反応を嗜んでたわけじゃん」


「アタシも同類だって言いたいワケ!?」

「んなことまで言ってねーし」

 激昂したくらりと冷めた反応の照乃が口論しかけた、その時。


「あ、あの、お客様……」

 先ほどまで二人の様子を窺っていた男性従業員が、これを皮切りとばかりに話しかけてくる。


「その、大きな声での雑談と卑猥な会話の内容は、その……他のお客様の迷惑になりますので……」

 そう言われて、周りを見渡すくらりと照乃。


 ボックス席からこちらを見る主婦グループの視線は蔑みに変わり、隅の席でキーボードをタイピングしていたサラリーマンは前かがみになっていた。


「……ひとまず帰ろっか」

「…………それな」

 この店から学校に苦情が入ると、後々面倒くさい……そう判断した二人は、アイコンタクトでこの場からの離脱を優先する。


「あっそういえばさぁ……店員さんって、童貞ドーテー?」

「へっ?」

 見るからに年上な、注意喚起をしてきた従業員に話しかけるくらり。何故それを……従業員がそう口を開きかけたところで。


 むにゅっ!♡


 その無防備な左手を手に取り、自分の爆乳に押し当てる。


「っっ!!!?」

「にひひ、メイワクかけちゃってゴメンね?♡これはアタシからの、イシャリョーってことで♡」

 一瞬にして赤面する従業員に、屈託のない笑みを投げかけるくらり。

 こうすれば後々面倒なことになる確率は低くなることを、彼女は学習していた。


「……満更でもないんじゃん」

「ヤッパ童貞は童貞で、面白そーだもんね」

 先ほどの険悪な雰囲気はどこへやら、照乃とくらりは他愛もない会話を広げながら、各々の帰路へと向かうのだった。



 ……ちなみにこの時、くらりの爆乳の感触を堪能した男性従業員(童貞)が、左手の感触だけを頼りに数日分のオカズ(意味深)を凌いだことを、くらりは知る由もないのだった。


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