第5話 爆乳ギャル・網谷くらり②

「いやぁ、それにしてもさ……」

 僕と同じように物陰から網谷を観察している同級生の一人が、やがておずおずと口を開く。


「…………マジで、でっけぇよな……」


「「……ごくり……」」

 その言葉に僕ともう一人は、生唾を飲んで答える事しかできなかった。


 主語はなくとも、彼が何のことを言わんとしているかは把握できた。


 それは――網谷くらりの胸部にたわわに実った「おっぱい」のことだ。


 彼女の乳房は校内の女性、それも教員を含めたうえで「一番大きい」と言っても過言ではない。

 そのボリュームは遠めに見ても圧巻の一言で、彼女のどこを意識しようとも、自然と視点が乳房そこに吸い寄せられる。

 それはまるで、彼女の爆乳そのものが重力をもっているかのような錯覚に陥る。


 ばるんっ!と前に突き出た双丘は、シャツの薄生地を気球の如く限界まで押し上げ、パツパツに張り詰めさせている。正直、「中に何か物を詰めている」と暴露された方が納得できるぐらいのボリューム感だ。


「いいよなぁ、A組の君は。あの網谷のを、いつでも眺められるんだもんなぁ」

「え、えぇと……」

「こら、そんなこと言うもんじゃねぇよ」

 同級生からの茶化しにどう答えようか言いあぐねていると、もう一人が呆れたように制す。


「でも、正直網谷は女としてどうかと思うわ。何てったって、だもんなぁ」

「そうそう。いくらエロくても、金積まなきゃ付き合わねー女なんて死んでも御免ゴメンだね」

 物陰でこそこそと盛り上がる二人の会話に、それこそ僕は口をつぐむしかなかった。


 目の前にいる女子生徒・網谷くらりは確かに美少女で、スタイルも良い。

 だが彼女は――金銭と悦楽を得る目的の為だけに、不特定多数の異性と性行為をする――低俗にくくれば「ビッチ」と呼ばれる女性なのだ。


 何でも彼女に一度話しかけ、指定の金額を手渡せば交渉成立。要求通りの前戯をこなし、満足のいく性的絶頂を得られるらしい。

 そう言った旨の噂を聞いた時は、ただ唖然としたのと同時に、網谷くらりに対する見方が変わった。


 網谷くらりは宇田亜梨子とは別ベクトルの、実に魅力的な女子だと思う。

 だが不真面目な素行で規律と風紀を乱し、学生の本分である学業もひたすらにおろそかにする。それに加え、大金さえ用意すれば喜んで身体を差し出すときた。


 間違いない。彼女は僕にとって、苦手な部類の人間だ。

 そう再認識した、次の瞬間。


「があぁぁああっっ!!!」


 廊下にクマの咆哮のような怒号が響き渡り、僕は正気に戻される。網谷を叱咤し続けていた教員が、しびれを切らし放ったものだ。


「えぇい、もう我慢ならん!今日という今日は、お前の性根を叩き直してやる!!」

 顔を真っ赤にした男性教員が、激昂しながら網谷の細い腕を掴もうとする。


「…………っ!」

「…………ッ!」

 その気迫に網谷はわずかに身じろぎ、僕は空気の異変を悟り身を乗り出した――そのとき。


藤部とうべ先生ッ!!」

 廊下の向こうから、焦燥した様子の女性教員が二人のもとに向かってくる。


「何ですかな?私は今日こそ、この舐めた態度の網谷に制裁を下そうと……」


「そっそれが……突然隣町の工業高校の生徒たちが、大勢でバイクを乗り回し、旧校舎の敷地内を暴走して回っているようで……!!」


「ナニぃ!!?」

 思いもよらなかった事態の急変に、男性教員のみならず物陰に潜んでいた僕たちも目を剝く。

 ……ただ一人、網谷だけがどこ吹く風といった様子だった。


「どうか、藤部先生も鎮圧に向けて協力をしていただけると……!」

「…………ッ!!」

 今から網谷を厳しく指導しようとしていた藤部にとっては究極の二択だ。彼はただ逡巡するように、ギリリと唇を噛みしめ……。


「……分かりました……今すぐそちらに向かいます」

「お願いします!」

 旧校舎の件を優先した藤部は、鬼の形相で網谷に向き直り。


「網谷!!今日のところは見逃してやる!だがな……次は必ず、お前を指導部屋で折檻してやる!!!」

 負け惜しみにも似た台詞を吐き捨てた藤部は、ドシドシと短い脚を踏み鳴らしながら、廊下の向こうへと消えていくのだった。


 やがてつかの間の静寂が、辺りを包み。

「…………ふぁあ、だる」

 自由の身になった網谷は、大きな胸をたゆんっ!と揺らしながら伸びをし、僕たちがいる方へと歩を進める。


「!やべっ、こっちに来るぞ!」

「見てたのがバレて、難癖つけられたんじゃたまったモンじゃねぇ!」

「……!」

 同級生はいち早く危険を察知し、素早く廊下をかけていく。僕もそれに続こうと、物陰から身を乗り出す、が。


 はた。


 こちらに向かってくる網谷と、ばっちり目が合う。

 お互いポカンとしながら視線を交わし、無言の空間が数秒続いたあと。


 にまぁ♡

 そう聞こえてきそうなほどに、網谷の顔が小意地悪な笑顔へと歪む。


「あれぇ。誰かと思ったら、たくちんじゃん♡」



 ――終わった。

 何も悪いことはしてないはずなのに、未曽有の身の危険を感じ取るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る