第4話 爆乳ギャル・網谷くらり①

 ガコンッ

 校舎の一階、昼食を買いに来た生徒で賑わう購買エリアに設置された自動販売機で、僕はペットボトルのお茶を購入する。


 ゴクッ、ゴクッ。

 他の人の邪魔にならないところでふたを開け、一口飲んでのどを潤す。

 キンキンに冷蔵保存されていたお茶の冷たさが全身に染み渡るが、身体はまだわずかに火照っていた。


「……宇田さん、綺麗だったなぁ」

 ぼそっと独り言ちておいて、あとから襲い掛かる羞恥で顔を赤らめる。


 しかしそう無自覚に呟いてしまうほどに、宇田亜梨子という女子生徒は、実に魅力的な女性なのだ。

 美貌だけでみれば学年でも一、二を争うほどで、多くの学生が在籍しているこの学校内でもそうはいない。

 さらに美貌だけではなく、奥ゆかしさを併せ持った大和撫子然とした立ち振る舞いは、見ているだけで心が洗われるようで、ほとんどの先生が彼女を模範的な女子生徒として好評している。


 宇田のイメージをポワポワと浮かべていたところで、ふとした疑問が浮かび上がる。

「……でも、何で僕にだけ話しかけてきたのかなぁ」


 宇田は真面目で礼儀正しいが、他生徒以上に風紀と節度を弁え、異性との接触は極力控えている。

先ほどの粕田が言ったように、宇田は入学当時から男子からの告白の嵐に見舞われ、悉くを振り払ってきた……らしい。僕は今春からこの学校に転校してきた身なので、本当かどうかは知らないが。


 そんな彼女が僕には笑顔を向けて、気さくに話しかけてくる。


 もしかして、僕のことが……?


「…………いやいや、ないない。それはこじらせた考えだって、僕」

 ペットボトルのふたを閉めながら、煩悩を消し去るようにかぶりを振る。


 僕は同学年男子と比べて華奢で、背も低い。顔も女子と間違われるくらいには可愛い寄り……らしい(自分で認めたくはないが)。

 おそらくだが、宇田は僕のことを「勉強熱心で人畜無害かつ、女々しい異性」といった感覚で、他愛もなく接しているのだろう。


「…………ははは」

 自分で推定しておいて、何だか悲しくなってきた。

 心の傷が深くなる前に、早く教室に戻らねば。

 そう思い、廊下へと踵を返したところで。


「くぉらッッ網谷!!何だその着こなしはッ!!!」


「ひゃぃっっっ!!?」

 突如廊下に響き渡る怒号に、思わず肩を震わせ悲鳴をあげ、ペットボトルを落としてしまいそうになる。

 だがその怒号の矛先は、別の生徒へと向けられたものだった。


「あい、すいぁせん。遅刻してきたもんですから、身だしなみに気ぃつかえなくて」

 怒りを向けられた女子生徒は、意にも介さぬ態度で前髪を指先でくるくるとかまっていた。


「メイクとパーマを存分にかけておいて、そんな言い分が通用すると思うか!!!」

 怒号をあげたジャージ姿の男性教員は不遜な態度が気に食わなかったようで、今にも鬼と変化してしまいそうなくらいに殺気立っている。


「あの人は……」

 僕は廊下の物陰に隠れながら、指導対象となっている生徒を観察する。


 バニラ色の長髪をシュシュで一房にまとめたヘアスタイルに、殻をむいたゆで卵のように白い肌。整った目鼻唇に過剰なほどのメイクを施し、学校指定の制服を改造と呼べるほどに大きく着崩している。

 小悪魔的なあざとさを兼ね備えた美貌に、目に毒と言わざるを得ないスタイルの良さ。


 あれは…僕と同じクラスの女子生徒、網谷あみやくらりだ。



「うわぁ、また説教食らってるよ。あのビッチ」

「毎度毎度、ホントに懲りないよな」

 傍を通った二名の男子生徒が、興行を見物するように成り行きを見守る。


「あれ?そういえば君、あの網谷と同じクラスの人だよね」

「え、えぇと」

 そのうちの一人から不意に話しかけられ、少し狼狽える。

「ぼ、僕のことを知ってるんですか?」

「あぁ、確か『小動物みたいな男子が転校して来た』とかで、ウチのクラスでも少し話題になったんだよね」

「は、あはは……」

 二名の男子生徒は僕と同級生だったらしく、簡単な挨拶をする。


「どう?網谷、君にも迷惑かけてない?」

「……いえ、そもそも彼女はあまり出席してないほうなので」

「そっか。でもまぁ、A組って良くも悪くも偏っているよな。宇田とあの網谷が、一緒に居るんだもんな」

 男子生徒の言い分に、僕は頷くことしかできなかった。


 前述でも言ったように、宇田は学年でも一、二を争うぐらいの美貌を持った女子生徒だ。

 しかし、決して1位に躍り出ることはない。

 それは何故か。


 同様に美しく可愛い女子生徒、網谷くらりがいるからだ。


 かたや真面目で清楚な模範生徒の宇田。

 かたや不真面目で怠惰なギャルの網谷。

 両極端とも言える二人が、同じ2年A組に在籍しているのだ。男女ともに注目される我がA組は、この校内でも異質と言えるだろう。


 ちなみに粕田と虎井の2人は、そのことに関して「一生分の運を使い切った」と豪語していた。


 …閑話休題。

 僕は再び、指導教員から放たれる雷のような説教を、左から右へと受け流す網谷を観察することにした。




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