第3話 文系美少女・宇田亜梨子

 昼休み。

 正午の2年A組は、退屈な授業から解放された生徒たちによる喧騒に包まれ、皆が各々の時間を過ごしている。

 その教室内の一角では、四季を含めた四人の男子生徒が、机を寄せて弁当をつついていた。


「くっ…僕としたことが、まさかケアレスミスをしてしまうなんて!それさえなければ、今日の小テストは僕が一位のはずだったんだ!」

「あ、あはは……」

 僕の隣に座る男子生徒―不破郷人ふわ ごうとは、食事中だというのに箸を強く握りしめ、苦渋のしかめっ面で悔しがる。

 彼が悔しがっているのは、二時限目にあった英語の小テスト。僕が一番高い得点だったのに対し、不破は二番目の順位であった。

 彼はこのクラスをまとめる学級委員長であり、学業への意欲は学年一といってもいいだろう。僕がテストで彼の点数を超すたびに悔しがるのが恒例となっている、今となっては良き親友兼、好敵手ライバルとして日々親交を深めている。


「たかが小テストで……。相変わらず意識たけーな、学級委員長さんは」

「バカな俺達でも、さすがにそこまでは見習えねーわ」

 対して、先ほど羽場から大目玉を食らっていた二人…粕田かすた虎井とらいは、紙パックのジュースをすすりながら呆れた目を向けていた。


「君たちはもっと勤勉への意欲を見せたまえ!!何だあの、勉学への熱意を微塵も感じられないような点数は!?羽場先生の言う通り、君たちはテスト前日までいったい何をしてたんだ!!?」


「徹夜でゲームしてた」

「徹夜でシコってた」

 馬鹿が付くほど正直に暴露する二人に、不破は絶望したように言葉を失う。


 粕田と虎井の二人は、不破とは対極と言っていいほどに勉強に意欲を見せない不真面目男子コンビだ。粕田は暇さえあれば享楽に浸かっては寝る間を惜しんで遊び呆け、虎井に至ってはいついかなる時もエロ本などの性的コンテンツに目がない男なのだ。

 そんな二人が他生徒に誇れることがあるとすれば、どちらもフレンドリーで気さくな性格なのと、運動神経が良いことぐらいだろうか。


「全く……不真面目な二人には、四季クンの爪の垢を煎じて飲ませたいところだよ。君からも何か言ってやってくれ」

「そ、そう言われても……」

 不破から唐突に話題を振られ、少しあたふたした後。


「二人には、先月転校してきたばかりの僕を何かとサポートしてくれた恩があるし、あまり強く言えないよ。僕も二人の勉強に付き合ってあげるから、一緒に頑張ってこう、ね?」


「うぅう、四季ちゃんマジ救世主メシア……!」

「四季ちゃんが女の子だったら、秒で告白してるわ……!」

「そ、その『ちゃん』付けはやめてもらってもいいかな……?」

 持論を打ち明けると、粕田と虎井の二人が目を潤ませながらこちらを見つめてくる。どうやら感激したようだ。


「でも四季ちゃんが転校してきた当時は、マジで女子が男用の制服着てやってきたのかと思ったわ」

「それな。俺はどっちかっていうと、飛び級してきた小学生かと思った」

「ふ、二人とも!?そのことは、僕も気にしてるんだけど……」

 フォローしたはずの二人から、胸中に抱えている地雷コンプレックスを踏みぬかれ、露骨に狼狽える。


 確かに僕は、他の男子生徒と比べて割と低身長且つ華奢きゃしゃな体格だ。

 身長は最近ようやく150センチに到達したくらいだし、手足も木の枝のように細い。

 国数社理英の五科目は総じて好成績だが、身体を動かす体育に関してはてんで手も足も出ない。筋力も持久力もない僕を、高身長且つ体格のいい三人に助けて貰っているばかりだ。

「でもそんな気に病むことはないと思うぞ。見方を変えれば、四季って可愛い寄りの男子だしな」

「確かに。おねショタっていうの?高身長の女性とアンバランス的なエロが映えそうだよな」

「友達で邪な妄想を膨らませるのはやめたまえ」

 何を言っているのか分からない虎井に対し、不破がジト目でくぎを刺す。果たしてフォローになっているのか分からない助言に、僕は苦笑で返していると。


「し、四季くん」

 背後から急に声をかけられ、後ろを振り向くと同時に息をのむ。


 椅子の後ろには、高身長の可憐な女子生徒―宇田亜梨子うだ ありこが立っていた。


「ど、どうしたの、宇田さん」

 周りの三人が空気を読んで口を閉ざしたのを機に、逸る鼓動を落ち着かせながら問いかける。

「え、えっと、その……まずは英語の小テスト、一位おめでとう」

「ど、どういたしまして……?」

 宇田からのぎこちない称賛に、少し戸惑いながらも礼を述べる。

 僕はその際、伏目がちにこちらの様子を窺う宇田の顔を観察する。


 宇田は同学年の女子の中でも、特に一、二を争うくらいの美貌を兼ね備えた美少女だ。比率で言えば、美しいが7に可愛いが3。

 綺麗に切りそろえられた栗色の長髪に、程よく長いまつげが並んだぱっちりとした目。顔の輪郭と白い肌は西洋の蝋人形を彷彿とさせ、唇は熟したサクランボのように瑞々しい。

 赤色に透き通ったフレームの眼鏡は、宇田が持った知的な風格かつアイドル的な可愛らしさを際立たせている。

 そんな数々の美少女的要素を兼ね備えた宇田が、こちらに話しかけている。それはまさしく、非現実な空想の中で繰り広げられているかのような感覚だった。


「……四季くん?」

「ひゃいっ!?」

 宇田の綺麗な瞳で現実に引き戻され、思わず上ずった声をあげる。

 間抜けなことこの上ないが、彼女は不思議に思わなかったようだ。

「四季くんは、放課後図書館に寄る予定はある?」

「え、えぇと……今日はまっすぐ家に帰る予定だよ」

「そっか。私は図書委員の仕事があるから、勉強で使いたくなったらいつでも声をかけてね」

「う、うん」

 優しい笑顔をたたえる宇田に、ぎこちない相槌を返す。


「それじゃあね」

「う、うん」

 手をひらひらと振りながら立ち去る宇田に対し、またしてもぎこちない返事をする。

 教室の後方から廊下に出る彼女を、ずっと目で追い続けた後。


「「四季ィイ~~~~~ッッ!!!」」


「おわっっ!?」

 こちらのやり取りを黙って傍観していた粕田と虎井が、恨めしげな声をあげながら距離を詰める。


「いぃいっ、いつの間に宇田さんと仲良くなってんだよォ!四季ちゃんだけは、非モテな俺たちの味方だと思ってたのに!」

「べ、別にそこまで仲良くなってないよ。自習で図書館をよく使うから、図書委員の宇田さんと少し会話するようになったってだけで……」


 そう、成績優秀かつ美少女で有名な宇田は、現在図書委員を務めている。

 今春にこの学校に転校してきた僕が、図書館で勉強したり参考書を探していたときに、当番の彼女が色々と手助けしてくれたのがきっかけとなり、今ではたまに会話するぐらいには顔見知りとなっている。


「くそぅ、学年のアイドルこと宇田さんが、四季ちゃんにだけ優しいなんて……!校内男子からの告白を全部断ってきた彼女に、まさか心を許せる相手がいたとは……」

 粕田はさも悔しそうに、唇を強く噛みしめる。

「まぁでも、俺は顔よりもスタイル派だからどうでもいいかな。宇田さん、顔はいいけど胸はそこまで大きくないし」

「…………君のその低俗な発言が自身を非モテたらしめていると、何故気づけないんだい?」

 虎井の割と最低な発言に対し不破の眼差しは蔑みに変わり、僕は何も聞かなかったことにして、持ってきた水筒の中身を注ごう……と、すると。


「あれ?持ってきたお茶がなくなっちゃった」

 水筒の中身は、空になっていた。

「本当かい?僕のお茶でよければ、分けてあげようか?」

「いや、大丈夫。休み時間もまだあるし、購買の自販機まで買ってくるよ」

 不破からのおすそ分けを柔軟に断り、財布を持って教室から廊下に出る。


「……今の四季ちゃんの歩き方、完全にスキップだったよな」

「真面目でウブな四季ちゃんでも、宇田さんに話しかけられれば流石にそうなるか」

「彼の友である僕たちも、彼の恋路は全力で応援してあげようじゃないか」

 教室に残った親友三人組がぼそっと放った一言は、上機嫌な僕の耳には届かなかった。


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