第2話 二時限目・英語

 ここは、壇上だんじょう市に点在する高等学校の一つ、私立奏流高等学校。

 5月中旬の爽やかな陽気に照らされたこの校舎では、現在二時限目の授業が行われており、グラウンドからは体育に臨む生徒たちの、溌剌はつらつとした掛け声が響き渡る。


 ……が。

 校舎の2階にある2年A組の教室は、異様な静けさに包まれていた。


「それじゃあ、テストを返していくぞ。名前が呼ばれたものから、用紙を受け取りにくるように」

 険しい顔つきをした男性教員―羽場はばは、教壇に立ち大人しく着席した生徒たちを睥睨する。

 彼は名簿を携え五十音順に名前を読み上げ、生徒たちに採点し終わったテスト用紙を返していく。


「えーー、次は……四季」


「……っは、はい……!」

 名字を呼ばれた僕は、口内に溜まった唾を飲み込んでから、返事をして立ち上がる。

 視線が背中に集まるのを感じながら歩を進め、羽場が待つ教壇の前に立つ。


(うぅっ…こ、怖い……!)

 羽場から向けられる眼光に威圧され、思わず足がすくんでしまいそうになる。


 羽場はこの奏流そうりゅう高校に多数在籍している教師の中でも、五本の指に入るくらいに厳格だと生徒たちの中で恐れられている。

 白髪交じりのオールバックに、当人の厳粛さを増長させる彫りの深い顔つき。

 特にその双眸は殺気立ったように鋭く、さながら弱肉強食を生き抜いた歴戦の大鷲のようだ。


「……」「……」

 教壇の前に立った僕は、固唾かたずをのんで羽場と対面する。

 蛇に睨まれた蛙…という言葉を体現するように、世代を隔てた互いの視線が交錯する。

 だが、その無言の時間も長くは続かなかった。


「……良くやったな」

 羽場はその彫りの深い顔面を破顔させ、優しい声色で用紙を手渡す。


 97点。

 用紙の点数記入欄に、赤色のペンでそう大きく書かれていた。


「ほっ……!」

 身体の緊張を解いた僕は、肩をなでおろして安心の一息を吐く。


 それから数刻が過ぎ、クラス全員分のテスト用紙が返却されたところで、教壇上の羽場は改めて生徒のほうに向きなおる。


「えー、今回の小テストの成績だが。一番の高得点をたたき出したのは…四季。それから二番目は不破ふわ、三番は宇田うだといった順番だ。特に四季に関しては、今春転校してきた生徒であるにも関わらず、授業態度と試験結果は贔屓ひいき目に見て優秀と言わざるを得ない。皆も彼を参考にするように」


 羽場からの好印象な総評を聞いて、僕は顔が熱くなるのを感じる。


「すっげぇ、また四季が一位かよ」「さっすがぁ!」「くッ、また一位の座を奪われてしまった…!だがそれでこそ僕のライバルだッ」


 周りのクラスメイトからも称賛の声と羨望の眼差しを向けられ、羞恥に耐え切れなくなった僕は顔を俯かせる。


 視線を泳がせる際、僕は右斜め前方をちらりと見やる。


 その先には可憐な女子生徒―宇田うだが、他の生徒と同じようにこちらに目を向けて、柔らかい笑顔をたたえていた。


「…………ッ!!」

 彼女とばっちり目が合うや否や、僕の羞恥はMAXに達し、身体は石膏のように硬直してしまう。



「…………あーー、それに対して粕田かすた、そして虎井とらい


 突如羽場から発せられた無機質な声色により、教室の空気は賑やかなものから、一気に冷めたものへと変わっていく。


「お前たち二人は所詮小テストだから、と舐めてかかったのかもしれないが……目も当てられないほどの不成績だ。事前に教えたはずの範囲の英単語すら八割外すほどにな。……テストを実施する前日まで、一体何をしていた?」


「「ギクッッッ!!!」」

 羽場からの冷徹な詰問に、後方に座る男子生徒……粕田かすた虎井とらいがあからさまに動揺するのを、目を向けずとも感じ取る。


「お前たち二人に関しては、後日同じ範囲の小テストを行う。……四季、悪いが二人の補助を頼めるか?」

「はっ、はい」

 羽場からの指示を受けた僕は、熱の逃げた顔を上げて返事をする。


「えーー、それから……網谷あみやは欠席か」

 身にまとうオーラを幾分か柔らかくした羽場は、教室左わきにある空席を一瞥し。

「フン」

 さもつまらなさそうに鼻を鳴らした後、名簿に何かを書き込む。


「それじゃあ、この前の授業の続きから始めるぞ。まずは教科書26Pを開いて」

 クラスメイトは一斉に、机の上の教科書とノートに手を付け始める。


 こうして2年A組の二時限目、英語の授業が始まるのだった。





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