8
口論の末、二人は別行動をとることになった。初瀬としてはとにかく早く綾川凛華を見つけなければならない。儀式を破壊するにしても、己の魔術知識はあまりに頼りない。
(って言っても、儀式の主催者は分かってるし、まずソイツを捕まえないことには──)
そんな具合に己へ言い聞かせて走り出す。フロアを移動して、端から端から潰していく。追跡をするにしても少し時間が経った後だ。口論などせずにすぐに追いかけていれば、こうはならなかっただろう。感情的になってしまった自分を恨む。
「たかが他人の昔話なんだから」
言い聞かせるようにそう言ってみるが、思うように胸の内は治まらない。ところどころで異形に足止めをされつつも、初瀬は船内を駆け抜けていく。そしてついにバックヤードへと足を踏み入れた。ここから先はマップも無い。息を潜めて奥の様子を窺っていた、その時だった。足元が見えない何かに掬われる。
(……またか)
姿の見えない暴力に、一方的に押さえつけられる。その心地の悪さに初瀬はますます顔を顰めゆっくりと息を吐いた。かつん、と靴音がして赤いドレスの綾川が現れる。初瀬は今度こそと言わんばかりに、しっかりと見上げて睨み返した。それが面白くない彼女は足元を一瞥してから吐き捨てるようにこう言った。
「あんたなんかに、何が分かるって言うの」
「……何が言いたいんだか」
仰向けになったまま初瀬は返す。
「第一真面目ですー、みたいな顔してるのも腹立つわ。ピアス痕、隠れてないけど」
「ははは、それがどうしたの」
この女に対して隠す必要はない。振り切った感情が口の端を吊り上げさせる。
「改心して警官になったからって私のこと見下すのもいい加減にして。お前みたいなやつがいるから、真面目な人が割を食うのよ!」
「あんたはわたしの何を知ってるんだ」
挑発するようにそう返せば、綾川は鼻を鳴らして得意げな顔をした。
「知ってるわよ」
いつどこでそんな情報が漏れだしたのか。眉をひそめる初瀬の顔を見て、女はますます声を弾ませる。
「ギフトって知ってる? 知らないわよね。ただの警察官なんだから。人の過去を見ることができるの。だからね、アンタが何者なのかも私からすればすぐに分かること。たかが知れてる」
「はあ、そういうこと」
初瀬はわざと大きめにため息をついた。この話ばかりは三笠に同情せざるを得ない。あの男とて過去に苦労を抱えていたはずだ。そこに付け込まれたのだから、同情しないはずもなかったのだ。三笠冬吾はどうにも緩い。魔術師にしては冷酷さが足りないと誰かに言われていた気がする。
「……なら、三笠が魔術師だっていうのは大学時代から知っていたのか」
不意に湧いて出た質問に綾川は「さあ、知らなかったわ」とだけ答えた。答えとしては十分である。
「それで、わたしが取るに足らないと理解して先に始末しに来たってことか」
「そこまでは言う必要ないわ」
「そのギフト、あまりにも欠陥があるな。どうせ狙ったところは見れないんだろう」
息を深く吸って吐く。魔道具は今手元にないが、少し驚かす程度ならできるはずだ。どこからともなく現れた魔力の塊が初瀬の元で爆ぜる。
「な、何!?」
彼女が驚いたせいだろうか、上にのしかかっていた圧力がふっと軽くなった。それをチャンスに一気に体勢を変える。
「悪いな。私もギフト持ちと呼ばれるものに入るんだ。これは制御が利くものじゃない。だから大方、それで捨てられたんだろ、──!?」
舌打ちが聞こえたかと思えば、強い力が初瀬の身体を掬い上げた。僅かにできた抵抗も空しく、初瀬の身体は柵を超えてその下へ吸い込まれていく。少しの抵抗も空しく、その身体の行先は自由落下に委ねられる。
「死ねばいいのに」
そんな呪詛を奈落に投げかけて綾川はその場から去った。
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