6
綾川と話した後、三笠はぐだぐだしつつも調査をして回った。特に収穫はなく、客同士の会話にも主催者のことは挙がっていなかった。盗み聞きも大した収穫がないとは。
自室に戻って状況を整頓してみる。参加者の男女比は特に気にならない。乗船前に見かけた変な服装の人はごく一部で、大半はごく普通の──この船に見合う服装をしていた。内装も奇抜なところはない。密輸品のやり取りの為だろう。特別展示などがあったが、集中できなかったせいか何があったのか全く頭に入っていない。デッキやプールはさすがに冷えるからだろう、人があまりいなかった。人が多くいたのは船内にあるショッピング施設だ。そのくらいである。
ふんわりと気になる点はあれどどうにもその正体が分からない。呆然と考えながらベッドの上で寝転がった。視界の端で風に揺れるカーテンでさえ疎ましく思えてしまう。そのくらいに三笠は疲労していた。そこへ思わぬ来客が顔を出した。
「え、どうかしたんですか」
ドアを開けて廊下へ顔を出してみれば、乗務員が立っていた。何事かと訊くとどうも「あなたの連れがバーで眠ってしまっているので、迎えに来てほしい」と告げられる。
(連れ!? いや、まさか)
一瞬過った嫌な予感を頭の隅に追いやる。誰が待ち構えているのか判断がつかないが、三笠は部屋を出ることにした。廊下ですれ違う人々は夕食をレストラン街で食べてきたのだろう。満足げに話しながらゆったりと歩いている。それを横目に早歩きでバーに来てみればなんと相方がカウンターに突っ伏していた。
「えっ、ちょっと?」
信じられない、と言いかけて口を閉ざす。文句を言いたい気持ちを押さえて、三笠はさっと初瀬の隣に座った。その直後、二人の近くを陽気な男性陣が通り過ぎていく。よくよく考えれば万が一にでも仕事が、なんて言えない状況だった。
「……あのさ、大丈夫? そのー……」
そう言って覗き込んだ初瀬の顔は酒のせいか真っ赤だった。意外にも彼女は酒に弱いらしい。
「大丈夫じゃ、ない」
苦し気にそう言ってから初瀬は顔を伏せた。
「とりあえず……水を飲まないと駄目だね、これ」
しばらく動くことはできないだろう。せっかくなら、自分も何か飲もうか。そう思った三笠がメニューの方を見ていると、初瀬が小さく呻きながらこう言った。
「いや、部屋に戻る……」
「え?」
ぽかんとする三笠に対し、初瀬はしかめっ面のままこう言った。
「話がある」
三十分ほどかけて、バーから初瀬の泊まっている部屋まで移動する。
「とりあえず……これ」
頭を抱えてベッドに座る初瀬に、三笠は水を手渡した。初瀬はちびちびとそれを飲み始める。それを半ば呆れた表情で見つめ、三笠はずっと抱いていた疑問を口にする。
「なんでこうなっちゃったのさ」
そう問えば、初瀬はふいと視線を外して小さな声でこう言った。
「大丈夫だと思ったんだよ。わたしにだって、飲みたいときはある」
妙に子供っぽい仕草に笑い出しそうになるのを三笠は寸でのところで堪える。自分の知る初瀬とは程遠いその姿に少しだけ混乱しそうになる。しかし何度見ても目の前でしかめっ面になりながら水を飲んでいるのは初瀬渚だ。昨年末、あの死線を共に乗り越えた人物で相違ない。
「え、あのさ、僕も飲んでいいかな」
久々の酒気にそわそわしながら三笠は初瀬に問う。彼女は好きにすれば、と唸るように返した。
(そういえばこういう機会今までなかったかも)
そんなことを思いながら三笠も酒を開ける。初瀬とは昨年末に出会ってから、仕事でしか会ったことがない。完全に仕事仲間、なのである。それもそのはず。三笠と初瀬が顔を合わせてから一週間もなく年が明けた。のんびりする間はおろか、個人的な話をするような緩んだ空気さえ無かった。そう思えば、昨年末には『激動』の二文字が相応しい。
「なに? それは」
「これ? ……お酒だけど。冷蔵庫にあったやつ」
「ふーん……」
アルコールの力とは恐ろしいものだ。初瀬のような弩級の愛想無しだろうが、語尾を柔らかくさせてしまう。毒気も鋭さも、一切持ちえない彼女の姿に三笠は驚きを隠せない。普段であれば「触れれば刺す」くらいの勢いを持っているはずなのだが。
そんな彼女を横目に三笠も脳をアルコールに浸す。誰も止めないなら、と言わんばかりに酒が進む。
こうして酒を飲むのは久々だった。初瀬ほど酒に弱いわけではないが、仕事が立て込んでいることを考えるとどうしても酒は飲みにくい。一応仕事でこちらに来ていることは理解しているが、一応勤務時間外だ。明日に引かなければ何の問題もない。珍しくその辺りに関して三笠は人一倍の自信があった。
「……あのさぁ。はぁ、なぁ三笠ぁ?」
初瀬はしかめっ面のまま三笠を見上げた。
「な、なに?」
「いや…………」
そう呟いて、初瀬は思い切りベッドに背中を預けた。少しの間が空く。もしや寝てしまったのではないだろうか、そう思った三笠が顔を覗き込もうとしたその時。小さな声が聞こえた。
「なんとなく、罪悪感みたいなものがあるんだよ」
伸ばしかけた手を止めて、グラスを置く。ぼそりと呟かれたその言葉に三笠は耳を疑った。初瀬は唖然とする三笠を放ってその背を丸める。さらりと長い髪が流れた。
「馬鹿馬鹿しいもんだとは思うけどな。でも、一応わたしは──、あの人と血の繋がりがあるし。あの人が壊れた直接の原因でもあるわけだよ」
「あの人って……初瀬、」
「初瀬幸嗣。一緒に暮らしたのはたった三年くらい。それからは完全に別居。両親が仲悪くてさ」
拗ねた子供のように、どこかバツが悪そうな声で初瀬は話す。
「だから先に言うけど、わたしもよく分からない。兄の考えていたことは、未だによく分からない。魔術のことはまだ、何も知らないに等しいから」
「仕方ないでしょ、それは」
何を話すつもりなのか、三笠には未だに分からない。それでも遮るべきではないと考え、黙ってグラスの中身を空けていく。二杯目を注ぐ三笠の横で、初瀬は必死に言葉を選んでいる様子だった。
「うん、仕方ない。けれど……うん。父さんが魔術師の家系で、母さんは普通の家庭で育った。わたしにはどうも魔術の才能が、……兄よりはあったらしいね」
少しずつ、零すように初瀬渚は家のことを話していく。
母親が普通に固執していたこと。父親は魔術のみに注力していたこと。両親の不和の理由を、初瀬渚自身は全く把握していなかったこと。そして父は幸嗣ではなく渚の方を魔術師にしたがっていたということ。どれもこれも、当人の知らぬところで話が展開されていたらしい。やはり、彼女が思いつめるには無理がある。責任を問うには魔術のことも、自身の扱いについても彼女は知らなすぎる。
「──悪い癖だとは思ってるよ。家のことを訊かれると、不機嫌になるってのは。誰が相手だろうが関係なく、これだけは未だに上手く隠せないんだよ。だからごめん」
「え、え……!?」
急な謝罪に三笠は目を白黒とさせた。彼女はおもむろに起き上がって、こめかみを押さえる。酔いから来る頭痛……だけではなさそうだった。その表情は、今まで三笠が見た中で一番苦渋に満ちていたからだ。
「仕事仲間だから、と言って切り捨てる前に……その、」
眉間に深く皺を刻みながら、初瀬は苦し気に言葉を紡ぐ。
「わたしはそれ以前に、加害者家族だ。あんたは被害者だ。わたしは、それを棚に上げていた」
絶句。
(いや、確かに単純に考えればそうだ。そうだけど)
三笠はモズに殺されかけた。あの時の傷跡は、未だに残っている。祖父母が殺された、その流れで己も『殺される』。そんな状況があったことは確かに覚えていた。
「そう、だけど……それで初瀬が責任を感じるのは、違うんじゃないの……?」
眉を下げてそうフォローする。実際に彼女は直接の関与はない。幸嗣本人が自白しているように、実行したのは初瀬幸嗣ただ一人であって計画者はその友人のみであるはずだ。思い違いと言ってしまえばそれでまでである。
それでも彼女の顔を見てみると、生半可な優しさや卑屈で責任を感じているわけではなさそうだった。思い違いだと言うにはあまりに苦し気だ。
「そう分かっても、心からそう思えるってことは無いだろ。わたしはそんなに図太くない」
追加された初瀬の言葉に思わず目を丸くした。
「ず、図太い。いや、でも確かに、これは図太い、のか……」
巡り巡ってまさか、己を殺そうとした人物の血縁者と組んで仕事をすることになるとは思いもしなかった。こんなときどう言うべきなのか。三笠は知らない。こんな場面が存在するなど思いもしなかった。
(当然か)
こんなことが、何度も起きる方がおかしい。そう言い聞かせながら話を続ける。
「……でも、なんで急にそれを?」
「それは……二森さんが……」
そう言いながら初瀬は口ごもった。珍しいその動作に思わず笑いそうになるのを堪えて、首とグラスを傾げる。
「二森さん?」
「今日の昼、調査した結果を踏まえて相談したんだよ。ちょっと、分かったことあるし……あ、これは」
「後でいいよ。それで?」
思わず仕事を放り出して三笠は話題に食いつく。事実今は業務時間外だ。休んでいたって何の問題もない。酒も入っているのだ、と己に言い聞かせる。
「昨日の夜、何があったのか教えてもらえなかったって言ったら『君も似たようなこと言ったんでしょ』って言われた」
「あ、あー……」
「それで、わたしも『なんだ、苛ついてるのか』って、そこでやっと気づいて。でもそれだけの理由でさ、聞き出せるような話でもないだろうって言われて。そりゃそうだ、って納得した。だから──」
「だから?」
「わたしもあんたが気になっていたことを言って、その上で改めて聞こうと思ったんだよ。まぁ……ちょっと、情けない形ではあるけど」
そう言って初瀬は、サイドテーブルに置かれたコップを弾いた。中の水がゆらりと揺れる。
「そういうこと……? え、本当に?」
少し口角を上げながら、三笠は初瀬に問う。照れ隠しでグラスを傾けて、酒を飲む。彼女はそんな三笠の態度が面白くなかったのだろう。むっとした顔をしながら牙をむく。
「何喜んでんだよ気持ち悪いな。それで、結局昨日のあの女の人は何者なんだよ」
初瀬は新たに注がれた水を一気に飲み干した。わたしが話したのだから、そちらも話せ。そんな具合に浅縹の瞳が催促をする。
「あー……まぁ、でもそうだな……なんて言ったらいいかな、元カノ……」
「元カノぉ?」
思い切り初瀬は首を傾げた。
「……ではない、というか」
オーバーなリアクションに対し、三笠はそっと付け足す。初瀬は律儀にそれにも首を傾げて見せた。
「なんだ、それ?」
「元カノ、っぽい人」
「ぽい?」
「そ、ぽい」
軽く頷いてそう返す。それが初瀬の知的好奇心に火をつけたのだろう。先ほどの不機嫌そうな表情から一転、どこか探りを入れるような視線に変わる。仕事中のそれとほとんど変わらない視線を、三笠は気持ち避けようとしながら話を続けた。
「三笠が浮気相手だったとか?」
「うーん、それはそれで嫌だなぁ。違うよ。いつの間にか付き合ったことになってたんだ」
初瀬は三笠の変な表現を訝しがりながら両手でグラスを握っている。酔いによる気持ち悪さはすでに無くなっているのだろう。そこには少しほっとした。
「同学年で、一つ年上の人なんだけどね。サークルが同じで、話をする機会があったんだ。それが綾川凛華って人。あの人ね」
「へえ」
だらだらと言葉が流れ出す。普段長く喋ることはない。こうなる前に理性が働くからだ。聞き役に徹して、己のことはあまり出さない。人と話すときにそれだけ気を付けておけば刺々しくなることはない。三笠はそれを知って聞き役に徹していた。それでも、今はその理性もアルコールが消し飛ばしている。三笠を止める人は誰もいない。
「社交ダンスって男女一組で踊るのが基本だからさ、どうしても僕は女性と組むわけでさ。その時に何度か組んだことあるんだよね、その人と。優しかったし、結構話とかも盛り上がったかな」
「ふーん、それで? あんたは好きだったわけ?」
「分からない」
首を振ってそう答える。我ながら不誠実な回答だ、と三笠は心の内で自嘲した。
「分からない? それは、どうなんだ」
「うん、ここからが少し変なんだ。僕はそんな感じで、いい人だなぁ、優しいなぁって思ってたんだけど、いつの間にかサークル内に『僕と綾川さんが付き合ってる』って噂が流れてて」
「え……?」
「いつの間にか周りの人が……サークルだけじゃなくて、同じ授業を取ってる人とかがさ口を揃えて『付き合ってたんだ』って言うもんだから。いやいや、僕告白されてないし、してもないのに? って思いながらその都度訂正してたんだ」
「覚えてないだけっていうのは?」
ちら、と空になった瓶を見て初瀬は引き気味に尋ねる。初瀬の表情に気づいていない三笠は再び首を横に振った。
「その時は未成年だからね。お酒は絶対にない。あっても前後不覚になるのは相当じゃないかな」
そう言い切る三笠の顔色は普段とさして変わらない。手にはもう空になったグラスが握られている。初瀬はそれを一瞥してこくこくと頷いた。
「ってなると本当に心当たりが無くて。確かに可愛い人だなとは思ったけどね。だからといって、意中でもないのに誤解を生むようなことはできないと思って、それっぽいことは言わないようにしてたんだ」
「へえー……意外と抜かりないんだな」
「一度酷い目にあったからね。で、よく分からないうちに外堀は完全に埋まってた。そこまで来るとちょっと『好きだったかもしれない』なんて気持ちも沸いて来るもんだから……怖いよね」
確かそんな心理学実験があったはずだ。外堀が埋まるというのはかなりの効果がある。それだけではない。当時の三笠は楽観的だった。義務教育からの解放が思っていたより効いていたらしい。
「そんなのあり得るのか?」
「意外とあるみたいだよ、そういうの。それで危ないなって思って訊いてみたんだよ、当人に。『僕らって付き合ってたっけ』って。これだけ聞くとホント僕が屑みたいだね」
苦笑しながら新しく酒を開ける。ぽん、と心地よい音がして酒の香りが解放された。心の内から滲みだす黒い感情を、アルコールで誤魔化す。
「酷いって言ってフラれたまではよかったんだけどね。そのことをサークルメンバーに言って回ったみたいで。あっという間に僕は弾かれて、サークルも抜けざるを得なくなったんだよね。いられないでしょ、あんな空気の中で。だから僕にはやっぱり普通の生活は無理なんだなって思った。魔術師として生まれたからには、そう生きるしかないって。普通を装おうとすると、どうにも上手くいかないからさ。それからは今とあんまり変わらないかな。バイトしてお金貯めて、週一で赤鴇と魔術の練習して、そんで魔道具を買って魔術式の調整をして。大学行って勉強してそれで終わり。ね?」
たはは、と笑いながら初瀬の方を見れば、彼女は眉間に皺を深く刻みながら目を細めていた。
「え、なに。水飲んだ?」
「ちげぇよ。一応訊くけど、ソイツがここにいるって分かった上で来たのか」
顔を顰めながら初瀬は言う。三笠はそれに対して首を横に振った。
「いいや。知らなかった。夜会で向こうから言われて気づいたよ」
そのせいで嫌味を言われたけど、と付け加えておく。
「……避けようがなかったってことか」
「んまぁ……そうかな。招待状が僕宛のだけ手書きだったってことに、乗船するときに気づいたから……そこで気づけば、って感じだったけど」
「無理だろ、さすがに」
「だよねぇ……まぁ、だからなんというか、そんな感じ」
改めて見てみれば、確かに招待状は彼女の手書き文字だった。さらに言えば、招待状は敷宮探偵事務所および三笠宛のもの以外すべてPCで打ち込まれた文字だった。つまり、一人だけ手書きの招待状が出されていたというわけである。三笠は机の上に例の招待状を出し、初瀬に見せる。それを一通り見て彼女は小さく唸った。
「それは……よくなかったんじゃないか」
「……え? 何が?」
「わたしだよ。女が近くにいたの、マズかったんじゃないか」
「あ、うん。それは突っ込まれた。けど……どうしようもないよ」
ゆるゆると首を横に振る。それを見た初瀬も、納得いかない様子ではあるが小さく息を吐いた。
「そうか……やっぱりスーツでよかったんじゃないの?」
「それは、ない」
「そうか…………」
そう言って初瀬は髪をかき上げる。一瞬だけ見えたその傷跡に三笠の意識が吸い寄せられる。が、次の瞬間には黒髪に隠されていた。見間違いだったのか、上手く隠されていたものだったのか。
「いや、なんでもない」
三笠はちら、と気になったことを一瞬にして脳の片隅へ追いやる。反応が気にかかりはしたが、話を続けたかったのだろう。初瀬はため息をつきながらこう尋ねる。
「それで、三笠としてはどうなんだよ、それは」
「どうって言われても……」
答えに困った三笠へ初瀬は畳みかける。
「向こうがまだ気があるんじゃないの?」
「え、まだ?」
「だってそうでしょ。そうでなきゃわざわざ名指しで呼び出した挙句、一緒に踊らないんじゃない? それに女を連れていることに怒ったりしないだろ」
「ん、んん……それは、そうだね……」
もっともな指摘に返す言葉もない。
「あんたからきっぱり言っておくべきじゃないの、その当時言ったのかもしれないけど、そうだとしても伝わってないんじゃない」
「それはちょっと思うかな……まぁ、でも、ほら」
「なに?」と初瀬は少しだけうっとおしそうに声を尖らせる。
「一応、仕事の邪魔にならないようにはする」
とはいえ、彼女はどう考えても主催者一味だ。そうでなければ手書きの招待状なんて出せない。と、すると、この会の秘密を握っている可能性が極めて高い。いくら魔術師ではないとといえ無関係なこと、と言って切って捨てられるほどの人物でないことは分かる。
それは初瀬も思ったのだろう、首を傾げて三笠へ怪訝な目を向けた。
「いや……まぁ、ね。でも、あの人魔術師じゃないはずだし……ただの協力者って可能性もあるから……」
煮え切らない三笠の返事に初瀬も少し思うところがあったらしい。神妙な顔で静かに頷いて返した。
「ま、それは確かに。冷静でいないと……ちょっと仕事の話に戻してもいい?」
「いいよ。酔いはもう大丈夫なの?」
空になった瓶とグラスを横に片付けながら、仕切り直しに協力する。なんだかんだこちらのことも気になっていた。机の上が片付いたことを確認した初瀬は、新しくペットボトルを開けながら話を始めた。
「ある程度は。それで、端的に言うと……この船を使って儀式をするつもりの者がいる。それは確定だって、二森さんは言ってた」
「そうなんだ。言われてみれば……辻褄は合うな」
三笠は相槌を打ちながら記憶を探る。昼間気になった箇所を統合すれば、一応その結論に辿り着けなくもない。こんな簡単なことも分からないほどに、己が乱されていたのだと知らされる。三笠の反応を見た初瀬は小さく息をついて頷いた。
「……解るんだ」
「あんまり専門分野じゃないから、自信が無かったけどね」
「二森さんも、三笠なら分かったんじゃない? って言ってたよ」
「でも……うん。儀式のタイミングは読めないな。直近でそういう魔術的に特別なイベントがあるかって言われると……無いし」
首を傾げつつ記憶を探るが、思い当たるイベントは一つもない。二森の方もそれは思い当たらなかったらしく、二人は揃って少し考え込んだ。
「帰港したタイミングか、帰港するまでにやるか……そこ次第で、わたしらもどうするかが変わるな」
「変わるどころか……死ぬかもしれないし……」
「やれることをやるしかないな」
不安げに三笠は頷くしかなかった。
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