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 太平洋の穏やかさに三笠はどこか寂しさを覚えた。普段見る日本海とは打って変わって、ほとんど波のない海原が眼前に広がっている。自宅や事務所のある島根県から、特急やくもと新幹線を乗り継いで約八時間。凝り固まった肩回りをほぐしながら、やっと窮屈な座席から解放された三笠は東京湾の海風を浴びた。


「……飛行機で来た方が絶対によかった」


 相方もさすがに疲れたらしく、珍しく文句を口にする。つられるようにそちらを見てみれば、不満げに目を細めた初瀬がいた。手に提げている旅行鞄は三笠の物に比べて小さい。服装もいつものスーツではなく、ラフなものになっていた。そのせいで待ち合わせの際に初瀬だと気づけずに変なやり取りをしてしまった。今思い出しても恥ずかしいやり取りだったが、それも少し昔のことのように感じてしまう。やはり、長い長い移動時間のせいだろう。


「あはは、確かに……三つも空港あるんだし」


 陸路で行くよりははるかに速かっただろう。そこまでの資金を出してもらえるかは微妙なところだが。陸路への文句はそこそこに二人は乗船場所を探し始める。


「で? どこで乗るって?」


「あっちかな」


 地図と招待状を並べ、行先を指さしながら三笠は歩き出す。どうやら普段使われない乗り場を使うらしい。招待状には間違ってしまわないように、と念押しの代わりに地図が同封されていた。


「……本当に秘密集会なんてやるのか」


 相方、こと監視官である初瀬渚は眠たそうにそう言った。


「さぁ……何もないといいんだけど」


 返事代わりの希望的観測を口にする。正直魔術師が集まるとなれば、確実に何かしらのトラブルは起きるのは確実だ。この旅が平和なものになるはずもない。魔術師が騒ぎを起こさないにしても、治安のよろしくない集団になることは分かり切っている。何故なら招待客はもれなく魔術師、もしくは密売人なのだから。


「にしても密売の温床ねぇ。魔術師にとって何のメリットがあんの? 秘密集会やったって目立つだろうに」


「うーん……富士先輩は麻薬とか魔術に使える密輸品のやり取りが多いって言ってたな。魔術に限った話ではないっぽいけど」


 そう、夕月会が警察に目をつけられているのはそれが理由だった。密輸入の温床となっているというタレコミがあったのだ。詳細不明の、魔術師だけに招待状が出される集会。これまでほとんど足がつかなかったのは、参加者がそれなりに選別されているからだろうか。


「にしたって……参加者もそれ以外の詳細も不明か。きな臭いことこの上ないけどな」


 初瀬はそう言いながら招待状をひっくり返す。特に仕掛けも手がかりも無かったそれは、チケットくらいにしかならない。初瀬のまっとうな意見に三笠も苦笑いをする。


「ははは……まぁ、魔術師相手だと物理的な証拠は上げにくいもんね」


「でもよくあるんでしょ? こういう秘密集会」


「僕は参加したことないけどね。魔術師うちじゃこういう集会自体は珍しくはないらしいねぇ。でも……そうだな、一人までなら付き添いオッケーってのは結構珍しいかも」


「ま、それが十中八九密売人なんでしょう。分かりやすいんだか、分かりにくいんだか……」


 初瀬の言葉に三笠も頷くしかない。そんなことを話しながら歩いて行くうちに、例の乗船場所が見えてくる。そこへ向かう人々はなかなか個性的な服装をしていた。派手な柄シャツに、よく分からないエキゾチックな出で立ち。言葉で表現するには難しい、見たことのない服を着ている人物もいる。


 しかしそれらの招待客よりも、目を引くものが桟橋に停泊していた。


「……でか」


 初瀬も険しい顔から一転、それに注目する。にぎやかな港にひっそりと停泊していたのは大型の客船だった。白い艶やかな船体には「つしま」と青いローマ字で書かれている。


「なんか……豪華客船って感じだな」


 そんな語彙力の消え失せた相方の感想に三笠は思わず吹き出す。


「はは、タイタニックでも流す?」


「冗談じゃない」


 軽い冗談のつもりで言ったが、初瀬は本気で嫌そうな顔をして見せた。


「ごめん……」


 そのまま二人は列に並ぶことになった。特に喋りもせずに、黙々と時間を潰していく。緊張感が漂っているのは、秘密集会という特性のせいだろうか。少しばかり面倒な手続きを終えて、案内された客室は目に痛いほど豪華なものだった。一生に一度、乗れるかすら怪しいそれに三笠は圧倒される。


 宛がわれたのは広いシングルの客室だった。窓の外を見てみれば、視界を一閃する水平線がどこまでも続いている。波は穏やかで、その中をクラゲが揺蕩っているのが見えた。出港まではもう少し時間がある。


 それまでの移動で疲れた体を休めようと、三笠はベッドに飛び込んだ。


(……気持ち悪)


 胸のあたりが痛むのはきっと、緊張のせいだろう。もしかしたら船酔いかもしれない。それを紛らわせようと三笠はゆっくりと瞼を下した。

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