第12話 拝啓。 我が妻よ。 息災で何よりだ。
〝拝啓。 我が妻よ。
こちらは今雪が降っているがそちらはどうだろうか。
城は古く朽ちている。無精な男住まいだったためそなたが輿入れする前に整えられなかったことが心苦しい。
妖精族は寒さに弱いと聞く。
遠方で行き届かないが快適にするための援助は惜しまない。
女子供が困らないよう好きに采配してくれ。
そなたの手紙は筆まめで日々の楽しみである。
息災で何よりだ。
我が城がそなたが来てから賑やかになった様子が良くわかる。
ハクアも達筆な文を寄こすようになった。健やかで幸せな様がありありと伝わる文だ。
そなたの教育が素晴らしいのだろう。感謝する。
気難しい父上に気を揉む毎日だろう。
我が家門の男はフランケルを除いて、無愛想の社交嫌いであり女性の扱いがわからんところがある。すまない。
フランケルからの文からもそなたを褒めちぎる内容ばかりである。
大層な乙女を迎え入れてしまったと今更ながら恐縮している。
こちらは元気で武勲を量産している最中である。
便りを楽しみにしている。 敬具。
そなたの夫 ルドルフ・ドラキュ―ル〟
「うわあ………。
何その。The。他人行儀な内容。
もっと『愛しの妻よ。』とか『可憐な我が妻フローリア』とか。『逢えない日々が虚しい』とか。
『戦いの時も肌見放さず便りを胸に抱いている』とかさ………」
ルドルフ軍副官のレオナルドはその涼しげな細目をより細くしながら、ルドルフに語りかけた。
目の前の憮然とした『冷血伯爵ドラキュ―ル』は、いつもと変わらず部下に厳しく荒ぶる魔獣の群れにも無慈悲に粛々と任務を遂行しているのだが。
永年の付き合いであるレオナルドにはわかる。現に仏頂面で手紙をこさえ言葉を紡ぎ丁寧に書き連ねる様は、唸りながらもどこか楽しげで。
そして。
なにより。
耳が赤いのだ。
「すごいなあ………。
妖精族は便りにも『魅了魔術』仕込めるのかい?
君。その手紙に凄く時間をかけているの『自覚』あるかい?
まあ………。
あれだけ熱烈な便りが毎週のように来たら、絆されるか………」
レオナルドはしたり顔である。
「そういう………のでは。ないが」
ルドルフは唸りながら便りに蝋封をした。そこに魔力を込めて『密封』を施した。
(どこの機密文書だよ………)
その様子を見るレオナルドは苦笑いするしかない。
それは魔力を込めた者が『赦したもの』しか開封出来ない貴族特有の密書の封の仕方である。
ルドルフは新妻にしかこれを『開封』させる気はないらしい。
その割に対して甘い言葉は並び立ててもいないし、軍の機密事項が書かれているわけでもない。
ただ。
『想い』だけは過分なほど込めているらしい。
「『愛する旦那様』『猛々しさの中に優しさを秘めた隻眼を早く見とうございます』『貴方様のフローリアは帰りを心待ちにしております』『赤い薔薇を見ると貴方様を思い浮かべます』『お怪我をされてはいませんか?』『貴方様の好物を乳母から聞きましたの。特訓中ですわ』『最近は憎たらしいお義理父上の中に貴方の面影を探す毎日です』『女々しい妻はお嫌いですよね?』『貴方様が望む女傑に立派になってみせますわッ』
僕もあそこまで書かれたら………。
うん。
国家間の策謀ハニ―トラップか、本当に惚れ込んでいてくれているのか。
判断に悩む。うん」
「レオナルド………。
君が調べた『フローリア・キンレンカ』男爵令嬢と文のイメージが余りに違うのだが?
同一人物なのだろうか?」
「ああ………。
妖精国アカデミー始まって以来の才女であり。
また。
妖精国始まって以来の『悪女』であるっていう報告のことね?
あれもね………?
結局『わからない』なんだよな………」
レオナルドは頭を掻いて仕舞ってあった文書を読み上げた。
「キンレンカ・フローリア。
キンレンカ男爵の一人娘。またの名を『ブラッディ・フェアリー』。
男を誘惑し、飽きたら血祭りにあげる血に飢えた勝ち気な令嬢。
国王の側近のハスカップ枢機卿の甥を血祭りにして、どうやったのか。無事に首席で卒業。
アカデミーの男女比は八対二の中。かなりの男尊女卑社会だ。
妖精族の女があまり野心がないとは聞くけど。
学業も武術も首席卒業。
その後一切の役職にも着かず男爵家に引きこもったことから。
『男性教諭を籠絡した末の功績だろう』と、噂されている。
だけどね………。
数々の異名や功績を聞く限りはこの噂。『悪意』を感じる。
今のドラキュ―ル家での『改革の風』を作り出している手腕は『才女』なのは疑いようがない。
『毒花』なのか『蜂蜜』なのか。
わからない令嬢なんだ。
肖像画も出回っていなくてね?」
「お前の『アジュダント家』の諜報力を持ってしてもか?」
「ね。不思議な令嬢なんだ
国の国家機密並みに情報が少ない令嬢。
まるで『お姫様』の情報を探っている感覚だ」
「………………やはり。怪しいか」
レオナルドは細めた瞳を開いて笑った。
「潔白か怪しいか。『わからない』としか今は言えないかな。
ただ単に『お姫様との政略結婚避けに選んだ結婚相手』の域はとうに飛び抜けてしまった。
あまりに『影響力』がある令嬢だ。
これは………。
ひょっとしたら。ひょっとするよ?」
「お前は人ごとだから楽しげで良かったな?
俺は真剣に悩んでいる。
心を割くべきか。あしらうべきか………」
唸りだしたルドルフを一瞥してレオナルドはため息をついた。
この会話。
彼女の便りが届くたびしている会話である。
下手するとルドルフが彼女の便りを読む度である。
最近の雑談は殆ど『ルドルフの新妻』の話題ばかりだ。
(君の心と時間をここまで割いている段階で。ハニ―トラップとしては大成功なんだよな………。
面白いから言わないけど)
一人で分析しながらレオナルドはひっそり笑いを堪えた。
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