第13話 君が思う『悪女』はどんなものなんだい?

 「お姉様は家事も得意ですの?」


ドラキュ―ル伯爵令嬢のハクアはその煌めく白い髪を可愛らしく編み込み、黒いリボンも一緒に編み込んだ『妖精族流行りのスタイル』で本日も可憐である。

そんな可愛らしく素直な義理の姪にフローリアは刺繍を教授していた。

フローリアは「王女らしくしなさい」と散々城中の者から叱られながらも、コソコソと取得した家事や繕いもの、俗に言う『高貴なもの』はしない仕事もドラキュ―ル城で行っていた。

最初こそ小言を言っていた義理の父ビグトリ―や恐縮した執事頭やメイド、家令も『フローリア様はそういう方』と半ば諦めの形で受け入れてくれた。


「得意に見える?嬉しいわ………。

凄く不純な動機ですけどね?

「好いた殿方が落ちぶれた一時にお荷物ならないだけの家事スキルは必要だろう」と。

幼い頃に志したのよ。

身の回りのことを任せることと出来ないとでは雲泥の差があるわ。


まあ………。

向き不向きを早めに気付き、見切りをつける賢さは必要ですし。

不向きを愚直に鍛錬することも必要ね?」


そんなフローリアを尊敬しているらしいハクアのキラキラした黒曜石の瞳が熱く見上げるから。なんだかフローリアはむず痒くなりながら言葉を濁した。


「フローリア様は仕事に忙しいのですから。

私達の仕事を取らないで頂きたいですわ………


それに貴女ほど優秀で強かなら。旦那様の没落も防ぎ。

没落したとしても養えそうですけどね?」


サンサン地方の別邸から呼び寄せた乳母のバアヤリ―ナも呆れ顔でフローリアを見る。

彼女も最初こそ

「ドラキュ―る伯爵夫人になんてことをッ…………」

と愕然としていたのだけど。

フローリアの

「身体を動かす鍛錬にもなりますし。家でゆっくりは性に合いませんのッ…………。皆様と仲良くなりたいですし………。ご迷惑ッ…………です?」

とうるうる見つめられて根負けしていた。

ドラキュ―ル家の皆はもうすでにフローリアに『籠絡済』であった。


「まあッ…………。

使用人の仕事を取り上げるなんて。なんて意地悪な女主人かしら………。

わたくし学園時代は「悪女」でしたの。

知らず知らずヒト様の地雷を踏み抜いてきたみたい。

はあッ…………。旦那様の好みかしら?

か弱いだけの女にならないように気をつけてはいますのよ………」


「フローリア様は本当にルドルフ様がお好きなのね………?

花を見れば旦那様。

お菓子を食べれば、戦地にない甘いものを食べる気がしないと憂い。

最近では大旦那様を見つめて眉間は似ているかしら?と呟く始末。

あの時のッ…………大旦那様の顔と言ったら………」


「おひいさまは、昔からルドルフ様一筋なんですわ………。

屋敷でもずっとずっとルドルフ様のことを思い勉学も鍛錬も怠ることをなさりませんでしたわ」


「もうッ…………アガサ。やめてちょうだい」


赤くなり膨れるフローリアはいつもの妖艶さは鳴りを潜めただの『恋する乙女』である。

フローリアが妖精国からの輿入れに連れてきたのはアガサと呼んだこの侍女一人であった。

この侍女も優秀で。

妖精国王家のトップクラスの家事スキルから執務補佐まで熟す才女であり。

彼女は男爵家の令嬢なのだが。

学園時代のフローリアに惚れ込み王国の侍女に就職した変わり者であった。

ピンクの長い髪を結い上げたク―ル美女である。

彼女も妖精族らしくない野心的な女であり。

主君のフローリアが妖精国を継ぐ気がないことを知って一番泣き叫んだのだ。

要するに。

強めのフローリア推しの侍女である。



ドラキュ―ル城はフローリアが嫁いでから『暗黒の朽ちた城』から『荘厳な黒の洗礼された城』になりつつあった。


古き良きものは磨き上げ、使えない古いものは便利な新しいものに変えた。

領地から職人を呼び付け『公共事業』として、古い城の隙間は埋め直し、朽ちたものは作り替えた。新しい領民の雇用も産み出した。


豪華絢爛にする必要はないが城はある種の『要塞』であり、災害があった時の避難場所にもなる。

無頓着すぎて朽ちたままでは有事の時に役立たない。

前女城主は身体が弱く細かい所までの統治は無理だったのだろう。

五年の城主代理ビグトリ―の『怠惰な統治』はなんだかんだ赦された。

領民もビグトリ―が妻を失った悲しみが癒えないことを理解していた。

竜人族は荒々しいイメージであったが義理堅く人情に溢れていた。

妖精族のほうが不平不満だけは声高だかにあげそうである。

この武骨な潔くスッキリした気質をフローリアは格別気に入っていた。

国に追徴課税は済ませ、新たな税収の活路も見出した。

いまやサンサン地方は『新進気鋭の豊かな土地』の仲間入りをしていた。


その豊かになりつつある城の若奥様は働き者であった。

サンサン地方の領民は『妖精族』の若奥様を歓迎した。

王都よりも『妖精族』への偏見が少ないことにフローリアは不覚にも感動したものだ。

王都の教育とは違う独自の妖精族の知見がこの地方には広がっていた。

勘違いやイメージはまだまだ根強いまでも『嫌悪感』や『差別』は少なかった。

ルドルフの統治の賜物なのだろう。


「妖精族はこんなに繊細な刺繍を恋人に贈るのかい?

マメなんだね………?

魔力を織り込むイメージだっけ?

竜人族は魔力は『攻撃』に使うものだからね?

こんな繊細な日常生活に使う発想はないよ」


乳母のバアヤリ―ナが感心しながらフローリアの刺繍を覗き込んだ。

フローリアの刺繍は『王家』の習わしで大分高貴な令嬢の嗜みだったのだけど。

そこは濁して『貴族の嗜み』と教えた。

下々も憧れで行う習わしだ。

フローリアが編み込む文様や模様が少し複雑なだけである。


「うちは………。母を早くに亡くしたし。

父も武人ですから。

無事を祈る文様や頻度が他の貴族の家系より多かったのかも」


「ハクアは幸せですわ。

フローリアお姉様が母を姉を師匠もしてくださる。

こんな贅沢な娘はいないわ?」


「フローリア様の教授は学園が喉から手が出るほど欲しがったのよ。

この方は………。本当に無欲よ。

好いた殿方のために地位も名誉もかなぐりす………」


「アガサッ…………やめてよ。大層な女じゃないわ。わたくしは」


「嫌味でしたよ。フローリア様。

貴女が謙遜しだしたら、妖精国中が愚かになります」


「まあッ…………?

じゃあ「悪女」らしく。

『これくらい令嬢の嗜みですわッ……』と言えばよろしい?」


「頬が赤いですよね?」

「赤いですよね?」

「照れているのが丸わかりですわね?」


一斉にダメ出しをくらうフローリアは小首をかしげた。


「旦那様が………。

悪女のわたくしをご所望なら。そう努めたいのだけど………?

悪女とは何か?は。書物にありませんでしたわ………?

勉強不足ですわね?」


「ぶふふッ…………。なんでフローリアさんは。ルドルフが「悪女の君」をご所望だと思うんだい?」


後ろから笑い声と共にフランケルとビグトリ―が入室した。


はい。とフローリアに便りの束を渡しながらフランケルはハクアを撫でた。

後ろでビグトリ―は憮然としている。


「え………?

だって。旦那様は聡い方。

わたくしの学園時代の悪名をご存知で身請けしたのでしたら………。

そういう………ことをお望みかと………?」


「ちなみにだけど?君が思う『悪女』はどんなものなんだい?」


笑いを耐えるように肩を震わせながらフランケルが問いかけるとフローリアは力強く立ち上がった。


「それはッ…………。

男を立てず。

功績も譲らず。

口説かれたら睨めつけ罵倒し。

襲われたら血祭りにッ…………」


「ぶふ………」


声高だかに並び立ててドヤ顔をするフローリアをハクア以外の皆が生温かく見守る。


「なるほど。フローリアさんは育ちがよろしい。」


「おひいさまは特上の教育を受けましたもの。当然です。

こんな………辺境に嫁ぐべき方ではないのに………」


「………確かに。

我が国の皇太子でも釣り合うかわからないね?」


アガサが歯噛みするのをフランケルは見つめた。

そんな二人のぼやきを聞き流しながらフローリアが歓声をあげた。


「ッ…………旦那様からだわッ………」


彼女がウキウキと指に魔力を込めて蝋封を焼き切る様をビグトリ―も目を細める。


「倅は嫁とどんな機密文書を交換しているんだ?

確かにあの嫁なら戦地の参謀も出来そうだが………?」


「確かに機密文書レベルの密封。

中身が気になりますね?」


いそいそ便りを読み頬を染めて惚けるフローリアの背後から女性陣が覗き込み唖然としている。


〝拝啓。 我が妻よ。


こちらは今雪が降っているがそちらはどうだろうか。

城は古く朽ちている。無精な男住まいだったためそなたが輿入れする前に整えられなかったことが心苦しい。

妖精族は寒さに弱いと聞く。

遠方で行き届かないが快適にするための援助は惜しまない。

女子供が困らないよう好きに采配してくれ。

そなたの手紙は筆まめで日々の楽しみである。

息災で何よりだ。


我が城がそなたが来てから賑やかになった様子が良くわかる。

ハクアも達筆な文を寄こすようになった。健やかで幸せな様がありありと伝わる文だ。

そなたの教育が素晴らしいのだろう。感謝する。


気難しい父上に気を揉む毎日だろう。

我が家門の男はフランケルを除いて、無愛想の社交嫌いであり女性の扱いがわからんところがある。すまない。


フランケルからの文からもそなたを褒めちぎる内容ばかりである。

大層な乙女を迎え入れてしまったと今更ながら恐縮している。


こちらは元気で武勲を量産している最中である。


便りを楽しみにしている。 敬具。


そなたの夫  ルドルフ・ドラキュ―ル〟


なんて色気のない。

業務連絡のような便り。

げんなりしている女性陣の反応と反比例してフローリアの表情は輝くばかりである。


「ふわあ………………。

旦那様。妖精族が寒さに弱いのをご存知でッ…………。

こんなにも気遣ってくださって………。

恐縮………?やだ。わたくししゃしゃり出すぎたかしら?

『便りを楽しみにしている』………。

はわわッ…………。どうしましょ。

はあッ…………。幸せッ…………。

なんて実直な筆跡なの………?文字だけであの方の大きな身体に内包した真面目さが滲み出ていますわッ…………。

元気………。良かったッ…………良かった」


頬を赤らめ涙を溜めながらフローリアがルドルフの便りを抱くのを皆が呆然と眺めた。


「………あれが演技なら。

彼女は傾国の姫になれるよ………。

レオナルド様の心配は取り越し苦労だと思うけどな………?」


フランケルは呟いた。




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