第8話 美し過ぎる農村地帯

 ドラキュ―ルの家紋が印された馬車が農村地帯を進んでいく。ここはサンサン山麓の農村地帯。

ドラキュ―ル家の直轄地である。

ドラキュ―ルの領地は幾つがあるがここは一番遠方である。

それらと怠惰が紡ぎ出したものが一面を覆い尽くしていた。

今は秋。

もうすぐ米も麦も収獲時なのもあって、一面金色に輝いている。

稲穂は肥え太り、頭を垂れている。

道行く領民も家紋を見るや恐れ慄き頭を垂れる。

服装も飢えてはいなそうである。

健やかで美しい景色である。


「おねえさまッ…………。綺麗ですわね?

わたくしッ…………こんなに一面の麦畑は初めてよッ…………。

金の川のようッ…………。

ご覧になって?

風にたなびく穂のなんと美しい………」


『本当に………………『美しい』わ………。

ね?お義理父様?』


「………………………………………」


「確かに、これは。由由しき事態だ」


子供らしく家族旅行に浮かれ輝くように笑うハクアが、窓から飛び出ないように抱えていたフローリアは、微笑んでいる。

反対にドラキュ―ルの男達の目は据わっている。

城主代理のビグトリ―など眉間がくっつき顔が赤い。


そう。『美しく』『健やか』過ぎるのだ。


「何故………俺の子飼いの報告と違うのだ」


『私の「情報屋」のほうが優秀なんです。

あとは忠誠心ですかね?

フランケル様の子飼いが調べればまだマシな報告が上がるとは思いますけど………?』


「生憎ね。彼等は『王命』担当なんだ」


「もったいない………」


「王命と親戚の危機。どちらを取るか。

明白だろう。君ならどうした?」


『………秘密裏に『私設部隊』を拵えますわ。

戸籍抹消………身分偽装………んんッ…………』


「………………今度謀反を起こす時は君をパ―トナ―にするよ」


『あら。

弟嫁を口説くのはおよしになって?

わたくし………『一途』ですのよ?』


「………………残念だよ」


義理の父の背後がピリピリしだしたから軽口はやめる。


『5年連続の『不作』。

そのたびに『補助金』の催促。

これは『豊作』を『不作』と偽って計上してますね。

いち執事頭が出来ることではないわ………。

村長が複数人関わらないと………。


聞き取り調査をしないことには………何も言えませんけど。

相当の額の着服。

横流しなのか………』


「まずは。行方不明の執事頭を探し。

村長を締め上げないとな?」


怒りに任せて村を横薙ぎにする勢いのビグトリ―を制し。

フローリアは手をパチンと鳴らした。


『いえ。

まずは『円満』に視察をしましょう。

『愚鈍』な当主の旅行と視察と見せかけて。

そこで噂を流すんです。

そうすると蛇は勝手に寄ってきますわ………。

フランケル様は存在を隠匿してくださいまし。

『影』に徹してくださいまし。


お義理父様は。

いつも通り尊大な態度でよろしくお願い致しますわ』


フローリアはウィンクした。

ハクアは赤らみフランケルは口だけ笑い、ビグトリ―は青ざめた。



 「旦那様だッ…………」


「えッ…………?旦那様?」


「え?また使者だけでしょう?」


「旦那様だッ…………」


「ハクア様もいるぞッ…………」


「美女もいるッ…………」


「ひッ…………執事頭と国司が行方不明な時に限ってッ…………ッ…………」


サンサン山麓のドラキュ―ル別宅では、使用人達が阿鼻叫喚である。


「………………お恥ずかしい」


フランケルが苦笑いしビグトリ―も赤らむが、フローリアは肩を上げるのみ。想定内である。


『五年も音沙汰もない当主の凱旋よ?

当然の反応よね?』


「ハクア………ここ来たことないよ?」


「昔ハクアが赤ん坊の時にここに来ていたんだよ。

そうか………五年ぶりか」


フランケルがハクアを抱き使用人達にこえをかけた。

フランケルは良い子だったらしい。

使用人達はビグトリ―よりもフランケルに懐いている。当主型なしである。


「ルドルフお坊ちゃまの噂はかねがねッ…………。

戦地で『隊長』として厳粛にお勤めしているとッ…………。

その………お方は?」


メイド長が私をチラチラ見ながらフランケルに問うから私はカ―テシ―をした。

令嬢の最敬礼である。

彼等が赤らんだ。


背後から「格好と見目だけは王女のようだな」と毒づく義理の父の声がする。


「ルドルフのお嫁さんだよ。

あいつが多忙だから挙式はまだなんだ。

こんな寂れた家紋に嫁いでくれた得難い優秀なお嫁さんなんだよ。」



『フローリアです。皆様、よろしくお願い致しますね?

妖精族なので………。物珍しく思うかもしれませんが………』


精一杯微笑んだ。

途端にむせび泣く声が聞こえた。


「ルドルフッ…………お坊ちゃまのお嫁さんだよッ…………」


「坊っちゃん………立派にッ…………」


「こんな可憐なッ…………ドラキュ―ル家は安泰だッ…………」


『あら?えっと………?』


あまりの本家の使用人達との温度差の違いに私は面食らうがビグトリ―は話しだした。


「ここは比較的温暖でな。

子を産むときは必ずここに滞在する。

子が小さいうちもな。

だからだろう。幼少期を知っている使用人が多くてな。

なに。

図々しさが都市の使用人とは………ずば抜けてる」


「なるほど………」


「あ。旦那様のおねしょの地図のアルバム見ます?」


「まあッ…………」


「やめんかッ…………ッ…………。

だから来たくなかったのだッ…………ッ…………」


ビグトリ―が叫んだ声は山まで轟いた。


「フランケルお坊ちゃまのもありますよ?」


「まあッ…………」


「ばあや………」


乳母は最強である。

ドラキュ―ルの男を知りたかったらこの方を味方に付けるべきだわ………。

フローリアは密かに決意をした。

別宅での一時は思ったより快適であった。

使用人達が気軽にかまってきてくれるのだ。

気さくで図太い。

フローリアは忽ちここの使用人達が『好き』になった。


「どうだったのだ。国司と執事頭の家は?」


『細君達が泣いてましたわ。

捜索を依頼されました。

暮らしぶりからは………『着服』している感じではありませんでしたわ。

そちらのほうが………。

私が想定してた中では『最悪』のシナリオかもしれませんわ………』


「単なる『横領』ではないと?」


「噂を流す案は続けるのかい?」


『ええ。噂を流しながら気軽に『観光』をしましょう?

夜になったらわかりますわ。

蛇は。

暗くなると家に侵入するものですわ』


 「いやはや………。領主さま。

久方ぶりでございますッ…………。

お嬢様も健やかになりまして………。可愛らしい盛りですね?」  


でっぷり太って額が薄いことで眩い光を放ちながら村長はビグトリ―にペコペコ頭を下げた。

言葉は『嬉しそう』を装っているけど頬が『引き攣っている』。

歓迎されていないのは明らかだ。


「うむ。どうだ。取れ高のほうは?」


「………。

去年まで不作でしたが今季は『普通』にやっと戻りましたね。

やっと永年の負債を補填出来るかと………」


「しらじらしいわ」


「え?」


思わず溢れたフローリアの言葉に村長はやっと彼女の存在に気付いたらしい。

彼女は今妖精国秘蔵の『変装眼鏡』をしている。

淫魔の効果を最小限にする『魔具』である。

格別の美女であり王女であったフローリアの『お忍びグッズ』である。




「『白魚』が輝いていますわね?

川が綺麗ですわね………。山からの水脈が澄んでいるのでしょうね?」


「サンサン山は昔から『神がいる山』と言われています。

きっと『山の神』の恩恵ですね?」


村長はフローリア相手にもタジタジである。The小物。

この村長が………こんな大規模な『横領』の首謀者なのだろうか………?

フローリアの頭に疑問がもたげる。


「山の………神。是非とも見てみたいものですわ?

妖精族との国交樹立の時代になってからの発想でしょう?

竜人が『神』を崇めるなんて。

『神』を騙った『邪神』かもしれませんのに』


「この方は?」


「家庭教師ですわ」


フローリアは、ハクアを抱え水遊びをしながら微笑んだ。

妖精族が珍しいのだろう。

村長は赤らむ。


「………その魅力阻害魔術の鼻メガネは意味があるのか」


「おかしいわね。国王からの頂き物よ?」


「………面の皮が厚いとは思っていたが。

顔が広かったの間違えか」


「嫌ですわ………。

わたくし。『小顔』が売りですのよ?」


フローリアは頬に手をやり小首をかしげる。

村長が鼻血を出した。


「まあッ…………」


「ちッ…………お前の面は古今東西評価は変わらんらしいな?

これで減らず口が治れば………少しは………」


『まあッ…………私の声は鈴のようと言われますのにッ…………』


「ルドルフは大人しい女が好みだぞ」


「………」


「お。出来るじゃないか」


ビグトリ―が満足そうに笑った。


「村長よ。

近隣の村で盗賊騒ぎがあると国王からのお達しがあってな。

近日中に国王の部下が視察に来るらしい。

そのこと。よく周知しとくように」


「ッ…………なんとッ…………。

ここにはそんな噂は何もッ…………」


「伝えたぞ」


城主一行は帰路についたのだ。

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