第5話 小娘に商売?侮ってましたわね?

 ドラキュ―ル子飼いの不動産屋『フォックス』の会長ルナ―ルは『鴨』の待つ城に急いでいた。

当主が酒浸りなのをいいことに不労収入である『不動産』は飛ぶように契約が取れていた。

以前は堅実な領地運営をしていた方で足下にも縋れなかったのだが。

近年城主不在の『無駄に金だけはある』名家は格好の鴨に成り下がっていた。


そうじゃなくても最近の妖精族と竜人族の国交が樹立された時世になってから『汚い商売』はやりやすくなったのだ。

妖精族と竜人族には二大商会がある。

そこに五年前から新星がごとく食らいつくクインビー商会。

それらが三つ巴のようにお互いを切磋琢磨し。

お互いを監視して成長しているのだ。


賭け事は違うギャングが目を光らせている。

そこでもクインビー商会は取引きをしている。

なんでもクインビーの会長は絶世の美女であり。

竜人族国王の愛人だとか。



色を売って商売するならば妖精族の風俗業のみ取り仕切れば良いものを。

その女会長がまた鼻につくやつであり。

正体はわからないのだ。


どんなに探偵を雇っても認識出来ない。

まるで『存在しない』かのようなのだ。


あいつのせいで妖精国でも何回も取引が流れている。

だからこの竜人国を本拠地にしつつあった。

商売あがったりである。

ただ今回のお得意様は顧問弁護士を置いていない。

子飼いの会計士に裏切られているとも知らない愚鈍な当主だ。

今夜も稼ぐぞ。

ルナ―ルはほくそ笑んだ。


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 「あら?ようこそ。ドラキュ―ル家へ。

お待ちしてましたわ?不動産屋『フォックス』の会長ルナ―ル様ですね?」


ルナ―ルは赤らんだ。

ドラキュ―ルの執事頭に案内をされていた道中であった。

いつもなら気にもしない花が飾られた廊下の端。

そこはいつもなら『景色』なのだが。

彼女がいるだけで『ダンスホール』に通されたかと錯覚するものがあった。

なんで可憐で妖艶な妖精族の乙女がこの寂れた屋敷に輝くように佇んでいるのだろうか。


「ここはッ…………?

あれ?

まるで花の園に迷い込んだようだ。

ドラキュ―ルは『妖精族嫌い』と伺いましたが?

貴女様は?」


彼女は赤らみ恥じらった。

なんて慎み深く愛らしいのだろうか。

翠の虹色の虹彩が挑発的にこちらを観察している。

ルナ―ルは一瞬身構えた。

高位の妖精族の令嬢は洞察力もある。

観察されて当然だろう。

久方ぶりに背筋が伸びた。

途端に今回の自分の格好が恥ずかしく思えてきた。

もっと着飾るべきだったか?若かりし頃に忘れてきたトキメキを想い起こした。

そのくらいこの目の前の令嬢は魅惑的だった。


次は若いご令嬢むけの宝飾品を売りつけるのも良いな?

クズ石でもこの令嬢にかかったら国宝クラスになるのではないか?

そう思わせる美貌と気品がある。

令嬢はくすくす笑う。

その声はさながら鈴が鳴るようである。


「まあッ…………お上手。

わたくし。先日嫁いできましたのよ?

フローリア・ドラキュ―ルですわ?


以後お見知りおきを………」


「なッ…………?奥方様でしたかッ…………。

いやあ………羨ましい。

城主代理のビグトリ―様にこんな可憐な奥方様が出来るなんて。

今回の契約は『祝』としてお勉強させていただきます」


「まあッ…………お上手ッ…………。

城主の執務室に案内いたしますわね?」


ルナ―ルは夢見心地であった。

この後地獄を見ることも知らずに。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■

  コンコンコンコン。


『失礼いたします。

お義理父様?不動産屋『フォックス』の会長ルナ―ル様がお越しです。

御目通りよろしくて?』


「う。うむ。入れ」


「失礼いたします………………。

この度は。いつもご利用ありがとうございます。

不動産屋『フォックス』一同。

ルナ―ル家の益々の繁栄をお祈りしております。


御城主さま。

いつの間にこんなにうら若き絶世の美女をお迎えに?

披露宴会場の手配は是非とも私にッ…………。

あのかのダ・ビンテが建設しました会場はいち早く抑えますゆえッ…………」


「おい。嫁よ。

またか。今度は何を言ったのだ。

まったく。

こやつがいると『後妻』だの。『妾』だの。『愛妾』だの。『寵妃』だの。

見目だけは格別だがな。こんな小娘。心外だな」


「まあッ…………お義理父様ったらあ………」


城主代理のビグトリ―は辟易といった面持ちでの後ろの美女に目線を送る。その傍らには家令ステュワードが書類整理をしている。


「嫌ですわ。


「まあッ…………お上手。

わたくし。先日嫁いできましたのよ?

フローリア・ドラキュ―ルですわ?


以後お見知りおきを………』」しか述べてはいませんわ?」


「おや。わたくし。早とちり致しましたか?

フランケル様の奥方様でしたか?

いやはや。大変失礼いたしました………」


「いや。ルドルフのほうだ」


「あやッ…………戦神と名高いッ…………。

いやはやなんとも………なんとも………羨ましい限りです」


背後にいた可憐なようで妖艶な美女は、長い波打つ金髪を揺らめかせながら当主のほうに移動してビグトリ―の隣にたった。

隣。

口では当主の奥方様を否定したはずなのに。

威厳や纏うオ―ラは「この屋敷の女主人ですが。なにか?」といった雰囲気なのに。

こちらと目が合うとにこやかに無邪気に微笑む。


最近美しいものを見慣れていないから目が曇ったな?

それか眩しすぎるのだ。

当主の部屋の執務室の背後には大きな窓があるが、今は雷鳴が轟いている。

その光を逆光にした彼女はなんとも艶美だ。


「お義理父様?その年でまだ『現役』と思われたことに、自信を待ってくださいまし。


ルナ―ル様。

本日父は体調が崩れませんの。

わたくしは補佐ですわ。

交渉の場にいることをお赦しください。

何分素人ですの。

『手取り足取り』教えて欲しいですわ?」


フローリアは一瞬舌なめずりした。

彼女の赤い小さな舌を見て、ルナ―ルは真っ赤である。


「よろこんで!?」



早速喜び勇んで契約書を広げた。



「こちらにサインを。

管理込みのお値段になります故。利息はこちら。

歩合はこちら。」


「ふむ」


当主はいつも通りに粛々とサインを仕出した。


「あら?ルナ―ル様。

こちらの妖精国『フローラルストリート666の6』の物件とありますが。

ここにはブティックがありますわよね?

ここには居住区とあります。

店舗と住宅では税金等が変わりますわよ?」


フローリアが指さした瞬間にルナ―ルは血相をかかえ契約書を取り上げた。


「秘書のライティングミスです。

後日出直しますッ…………」


「お前。そんな不備のある契約書を持ってきたのか?

登記簿はどうした。

それがあり訂正印があればこの場で修正可能だ。

なにを間違えたのだ」


「住所でございます。フローラルストリート666―7の間違えでしてッ…………」


『あら。その周辺の登記簿ならありますわ』


隣から悪魔の声がした。


「嫁よ。仕事が早いな」


『こちらを。おかしいですわね?

666―7は公園。妖精国国王の直轄地。


貴方はいつの間に『王の資産』まで不動産として売買を?

それ。

『反逆罪』と呼びませんこと?』


「ひッ…………」


「どういうことだッ…………ルナ―ル」


「ッ…………ッ…………ッ…………ッ…………ッ…………」


『反逆罪は言い過ぎましたわ。

貴方にも『未来』がありますもの。

わたくし。このブティックはクインビー商会から買いましたのよ?

裏で架空で取引に使われたとしれたら万死ものですわ………。

あの方は。

商売に仇なす者は魂になっても追いかけると有名ですもの。

報復の針の雨をご存知?

彼女の吐く毒は生涯抜けない毒針となり………国王様ですら泣き喚く威力だとか………』


「ひッ…………クインビー商会。

あのッ…………女帝に目をつけられたらッ…………。終わりだッ…………終わりだッ…………」


『うちは。『不備』を直して貰えばいいですよ?

むこう5年ほどでそちらとは何十も取引しましたもの。過去の書類も登記簿ならございますわ。

あ。

貴方の口座も凍結しましたの。

うちの顧問弁護士と相談して『返金』の手続きも。


大丈夫ですわッ…………。

妖精族の内臓は再生しますもの。

ルナ―ルさん恰幅良い………。

新鮮な………内臓はさぞ。珍味で精霊の儀式に重宝すると噂ですわ………。

ね?

女帝なら『魂まで捧げないと贖えませんことよ』?』


「ひッ…………お赦しをッ…………お赦しをッ…………」


ルナ―ルは暗闇に消えた。

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 「女狐め。

お前が『クインビー商会』の会長だろうが。

女帝………。はッ…………。

男爵家のご令嬢だ。

資金は潤沢にあったのだろうな?

さも。自分でのし上がったかのように」



『あら。確かに初期投資はお父様からいただきましたわ?

それらを『10億倍』にしましたの。

妖精国アカデミーは商売も賭け事も学びますわ。戦術も。


あそこも大概………男尊女卑はげしかったわ………。

潰しがいはありましたし。楽しみましたわ。

………………ドラキュ―ルは代々軍人一族。

誉れ高う故今までは寄ってこなかったのですよ。害虫は。

貴方の近年の堕落ぶりが引き寄せましたの。

商売ごとの勉強不足を反省なさって。

ここの財産は。

未来の子孫に。

未来のドラキュ―ルの血を引くものに受け継がなければ。

お金は大事ですわよ?』


「ッ…………」


「小娘に商売?侮ってましたわね?

今回の婚礼資金自力で稼いだのはわたくしよ。


そろそろ『男尊女卑』改めるきになりまして?お義理父様?」


「ッ…………減らず口を。

最近俺も目が霞む。

数字を追うことは任せよう。

なに。

あれだ。

お前が携わりたいなら。だが」


『あら?

「悪かった。今後も補佐として助言を頼む」も言えませんの?


お義理父様?』


「ッ…………ッ…………ぐッ…………ぐッ…………」


『あ。血色良くなりましたわね?

また鍛錬付き合いますわよ?』


「ッ…………ッ…………お前はッ…………毒婦ならまだ可愛いものをッ…………。

ベラドンナじゃないかッ…………。

薬になるうちはいいがなッ…………。

毒が強ければッ…………黙らせてやるッ…………」


『あら?組手で私に勝ってからになさって?

具現化する魔力はドラキュ―ルはピカ一ですけど。

貴方様は地の鍛錬を疎かにする傾向がある。

………………………。

わたくしの師は。

妖精族の中でも希少な『体術を極めし』方。

その秘技をお見せしてますわ。

私の細腕でも出来ますの。

ハクアにも伝授します。

力が老いる一方の貴方にも有益。鍛錬にはげみましょうね?』


フローリアは妖艶に微笑んだ。


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 コンコンコン。

今夜の城主執務室のドアは忙しいようだ。


「失礼するよ。叔父上。

フローリアさん。

さっきの狐は後で肉塊にするとして。

いいのかい?

君の楽しみを奪うようで気が引ける。


拷問はきみの十八番と聞いていたが」


『………………………あら。フランケル様。

ご機嫌用。

本日最初の挨拶が開口一番『拷問』って。

嫌ですわ………………。


あの方は守銭奴と見越していたのですが。

お金は取り返せます?

貯め込む方と見ていたのですけど?』


「ああ。しっかり。

家以外の被害者に返金したら余るくらいには。

あいつ。投資の才もあったらしい。

資金は潤沢だった。

会計士もいないのに。あいつ一人でだ。

頭は回る奴らしい………」


『ふむ。でしたら。調教して子飼いにしますわ。


お義理父様?

警備局に通報はしませんわよ?

我が家の恥ですもの。内内でよろしくて?』


ビグトリ―は嫁のことを一瞥すると。

鼻につくと言わんばかりに鼻をつまみながら、手をヒラヒラさせた。


「早く立ち去ってはくれまいか。

お前のその甘ったるい匂いが残る」


『ふふッ…………では。失礼いたします』


フローリアは軽やかに地下牢に向かった。



 「ルドルフのやつ。女の趣味が変わったのか。

もっと大人しく。お淑やかなタイプか好みと思っていたが」


ビグトリ―はフランケルがなかなか執務室を退室しないのを見て。

いつもの世間話をした。

あの嫁が来てからこの考えがまるでわからない甥との会話は増えた。

話題は大体あの嫁のことだが。


「ふッ…………。

あれは「嫌気が指して逃げ出すだろう」女として縁談を組んだのですよ。

目論見は外れましたね?


ルドルフの好みか………もわかりかねますが。

私の好みでもありません。

私の母とは真逆のタイプ。

逆境に強いタイプです。

加護欲は唆られませんね。あれでは。


ただ。

叔父上。貴方は生き生きしだした。

このドラキュ―ルの『止まって朽ちるのを待つだけ』の日々が変わりつつあります。


あれは………周りを巻き込む。

フローリアさんはあれでも。『お淑やかな女』を在学中は演じたらしいですよ?

それらを言い寄る男達が台無しにし。

枢機卿の甥のあまりのしつこさに………………。ブチ切れた。

それからだそうです。

受け流さず立ち向かい、調教して………。男は力で踏みにじり恥をかかす。


あれは………男嫌いから得た手法らしいですよ。

女に負けるのは貴族ほど耐え難い。


彼女の悪名はほとんど袖にされた男の負け犬の遠吠え。


やっかみと粗を探したい社交界の一部しか信じてはいませんがね。

竜人族国王の信頼も厚い。

とんだ嫁を賜ったのですよ。叔父上。


お優しい嫁ではありませんか。

本来なら竜人族の正式な決闘に負けた貴方はあの娘の『奴隷』ですよ。

家督権を要望されないだけ。

日々の軽口を日常会話にしているだけ。

偏にあの娘の懐の深さです。


素直に負けを認めるのも手ですよ?」


ビグトリ―はほくそ笑んだ。


「はッ…………小娘も老いる。

今が全盛期。

日々衰え、美貌も陰るときがある。花の命は短いのさ。

一泡吹かせてやるのさッ…………見ておれッ…………」


「懲りない方だ。あれが………果たして枯れることがあるのだろうか?


私には想像も出来ませんね?」


フランケルは乙女が消えた重厚なドアを一瞥した。


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