第4話 『ルドルフの妻』もわからなくなりましたの?

 切り立った崖の上にそびえ立つ荘厳な壮大な城郭。


立派な塔(ベルクフリート、ベルフリト)がいくつもある。最上階は見張り台、または城に近づく者を攻撃するための砦としても使われるのだけど。

この土地は『戦乱の時代』の古の過去に囚われているのだろうか。

そう思わせる言えば『荘厳』

悪く言えば『時代遅れ』の城だった。


広大な居館(パラス)は外観ほどは朽ちてはいなかった。

妖精国の国王の城よりは半分ほどの規模だ。

妖精国の城、無駄なスペース多かったのよね………。

フローリアは感慨深くなった。


城壁は石積み。

色からして……一つ一つが魔力がこもった石だわ。

なんの効果があるかはわからなかった。

竜人族は魔術に長けていない代わりに『黒魔法』なる独特の呪術的な魔法が根付いているらしい。

後で竜人族の魔法や歴史についての文献の閲覧許可が貰えると嬉しいな。

そんなことを考えながらフランケルの後に続いた。

彼は早速『ドラキュ―ル城』の案内を買ってでてくれたのだ。


のこぎり型狭間(ツィンネ)のある回廊。

下からの攻撃に、身を隠しながら応戦するためのもの。

城壁の上の回廊は、もちろん、敵が近づいてこないように見張るヒトが歩く場所。


ただ………この城は平和なのだろう。

所々ベンチが置いてある。ランチや語らいにピッタリだ。


城壁塔、門塔もある。

俗に………番人さんの詰め所でもあるわ。

ドラキュ―ルの番人は恐ろしい方が担っているのでしょうね。


そんなことを考えていたらどんどんその城壁塔に登っていくことに気がついた。

フローリアの訝しげな表情がわかったのだろう。

フランケルが苦笑いする。


「〝竜〟は総じて『塔』に住まう。

………………本当に大丈夫?

君みたいなうら若き乙女を『酒浸りの竜』に供物として捧げる気分だよ………。


ぼく。確かに文官だ。盾くらいにしかならないけどさ?


本当に『一人』で対峙するの?」


「フランケル様。

わたくしは『女城主』になりに来ましたの。

戦地の愛する旦那様をお支えするため。


この城の『恐怖の対象』くらい躾けられなくては、竜人国国王の『お墨付き』は『まやかし』になるとは思いませんか?

わたくしを信じられなくても、貴方様の主君『竜人国国王』を信じてくださいませ?」


「………………君は本当に『妖精族』かい?

竜人族の女でもそんな………剛胆は………?」


「あら」


フローリアはクスクス笑う。

この一族は『絵本の世界』の妖精族しか知らないのかもしれない。

確かに妖精族は総じてか弱く朗らかで争いを好まない。

その『妖精族』らしくないフローリアがここに嫁いだことが『運命』と呼ばずなんと呼ぶのか?


「〝竜〟退治は総じて美女が絡むものでは?」


「美女の自覚はあるんだ?」


「うふふッ…………。事実は否定すると嫌味ですわ?」


「君なら『色気』でも〝竜〟を籠絡出来そうだ」


「あら?この〝竜〟は『酒浸り』で『女狂い』なの?」


「いや………寧ろ『女は懲り懲り』って感じかな。

悲しみが癒えてない。五年前からだ」


フランケルは悲しげに呟いた。


「なら」


フローリアの翠の双眸は虹色に煌めいた。


「勝機はありますわ。

わたくしッ…………『籠絡』はからっきしですのッ…………」


「じゃあ何で挑む気なのッ…………?」


フランケルは悲鳴をあげた。


「〝竜人は『強さ』を重んじる〟でしょ?」


「正気かいッ…………?」


フランケルは二度目の悲鳴をあげた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 『お初にお目にかかります。お義理父様。

本日輿入れいたしました。

ご子息ルドルフ・ドラキュ―ルの妻。フローリアでございます。


ご挨拶に参上いたしました』


「うむ。フランケルよ。やっと子守を雇ったか。

愚嫁がッ…………。

子守もまともにせず死におってッ…………。


フローリアと言ったか。

この落ちぶれたドラキュ―ルでもそなたの妖精国よりは幾分も。数倍も。マシだろう。

子守に励め。話は以上だ」


目の前の酒浸りのドラキュ―ル『現城主代理』ビグトリ―・ドラキュ―ルは初老の美男子であった。

当主の執務室の中央に置かれた執務デスクに鎮座して。

ほとんど空の酒瓶をあおっていた。


若かりし頃はそれは女がよだれを垂らすほどの美男子だったであろう。

白髪が混ざった長めの黒髪を無造作にかきあげてはいる。

身なりもしっかりしている。

ここの家令が優秀なのだろう。

酒臭くなければ立派な『当主』には見える。体裁だけは。

ただ。瞳は濁り精細に欠く言動。

酒が強いわけでではないのに溺れている様はなんとも廃退的であり滑稽である。


なるほど。

フローリアは一人で内心納得した。

この縁談は殆ど『出来るものならしてみろ』感が滲ませたスピード婚であった。

この酒浸りの当主代理は蚊帳の外。

条件にあった腕っぷしや、領地運営の有無、力を知を見せれば振る舞いは『自由』である要項。

これらもまだ『不確定事項』。


我が旦那様は花嫁が『逃げ帰る』のを期待しているようだ。

難攻不落のルドルフを籠絡する前に。この酒浸りの〝竜〟『実力』を示さないといけないらしい。

いや。

示せないなら『尻尾を巻いて逃げろ』と。


思案している間にも目の前の酒浸り、ビグトリ―は酒瓶を投げてフローリアの脚元に放おった。



「おい!酒ぐらい土産に持って来い。

チッッ…………使えない嫁だな?あ?」


ガシャン。

瓶の割れる音とフローリアのスイッチが入る音は重なった。



『お義理父様?お酒が過ぎます。

幼子がいる家にも。気高いドラキュ―ル家の品位を守るためにも、おやめになったほうがよろしいかと』


背後の扉の向こうで悲鳴をあげ。

フランケルが焦ってフローリアの前に躍り出た。


「旦那様ッ…………若奥様はこちらに不慣れです。

なにとぞッ…………何卒ご容赦をッ…………」


フローリアは彼の度胸と献身に感服した。

まだここに来て間もない若妻を〝竜〟の暴力から守ろうと、躍り出たのだから。


「どいつもこいつもッ…………口答えするのかッ…………!!!

『黙れッ…………』」


次の瞬間当主から禍々しいほどに『具現化した』〝竜〟の爪が横薙ぎになるのと、フローリアの蹴り上げがかち合ったのは同時だった。


背後の開け放った扉の前にいつのまにかいた召使い達は息を呑み、フランケルは尻餅を着いて笑っている。

この慈悲深い『文官』は防御の体勢も取らなかった。『無策』だったらしい。

フローリアが蹴り上げていなければ壁にめり込んでいただろう。



「生意気なッ…………。

高位魔術か?体術強化の魔術など。

妖精族が姑息な………。

力をいなすのは一丁前に発動しやがって。

躾だッ…………表に出ろッ…………」



「ひッ…………旦那様ッ…………」


「若奥様が死んでしまいますわッ…………」


召使いや家令が泣き出すのを。

フローリアはにこやかに諌めながら落ち着かせた。


「心配なさらないで。わたくし。『強い』のよ。

屋敷中の使用人を集めてくれないかしら?


あの偏屈親父の『吠え面をかく』姿見たいでしょう?」



フローリアの言葉は義理の父に届いたらしい。

ますますピリつくのを背後で感じた。


だけど。

叔父の覇気より弱い。

その事実がフローリアの勝利を確信させる。


「まだほくそ笑むかッ…………。

面の皮が厚い嫁だなッ…………」


「あら?お酒を召されてますます耄碌しましたの?

面の皮が厚い?

新妻ですもの。当然ですわ?

こちとら潤々のピチピチですわよ?」


「減らず口をッ…………。

面の皮剥いでくれるわッ…………」


フローリアは怒りに真っ赤になり震える義理の父を一瞥して、フランケルも一瞥する。

さすが国王付きの文官。

さっきの『腰が抜けた情けない姿』のままでも、

顎に手をやり無表情ではあるがどこか楽しげである。

この醜態を見せないためハクアを乳母に預けた辺りが、策士だ。

当面の『査定官』はこの方だろう。

フローリアは思案した。


「フランケル様?まだ見学なさいます?」


「私はこの後はハクアといるさ。

僕はね『身内の恥』を見て喜ぶ質ではない。

どうせ外から歓声があがるだろ?見なくてもわかるさ」


彼は私の肩に手を置きふらふらと退室した。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 ドラキュ―ル家の裏庭には屋敷中の召使いや執事。馬蹄にいたるまで様々な使用人でごった返していた。


その彼等が歓声をあげている。

それはもう地が轟き天を割る勢いだ。

竜人族は楽しいことが大好きなのだ。

強さを誇る偏屈な老いぼれがか弱い若妻に拳を腹に受けて呻いているのだから。

日頃の暴君ぶりに恐れ慄き覇気を失っていた使用人達の頬は、高揚している。

中にはむせび泣くものまでいる。

竜人族は強いものこそ正義なのだ。

そこらへん分かりやすい。

本来なら日頃からルドルフが父親を締めるべきであるが。

腐っても父親なのだろう。

ルドルフの『優しい怠慢』が招いた悲劇なのだろう。


ドラキュ―ル家当主代理ビグトリ―は地に膝を付き、さっきまで煽っていた高級な酒を胃液とともに吐き出しながら、項垂れていた。


途中まで『見えていた』。

可憐な乙女が演舞を舞うようにフワリとドレスを翻し、跳躍する様子を。


『「吠え面かけッ…………」』と叫び声を聞いた。


竜人族は太古の昔〝竜〟であり。

今は竜の力を魔力の力として『具現化』して攻撃するのだ。

それらは強さで『具現化』の部位は異なる。

城主のルドルフは『完全具現化』を可能にしている国内一・二を争う猛者である。

ビグトリ―も『元』軍人であり。

酒浸りであっても無類の強さを誇るのに。

その攻撃は尽く『素手』で防がれ。

彼女の煌くほど白いおみ足は竜の脳天に減り込ませていく。


飛んで刺す。

毒針を有した女王蜂のように。


そのあまりに可憐な舞に見惚れてしまったのはやはり酒が原因だと認めざる負えない。


俺は竜人族の元軍人だぞッ…………?

ルドルフに勝てないのはわかる。


それがなんだ………?

あの娘は何者だ………?



『降参でよろしいかしら?お義理父様?

やはり『お酒のせいで』精細に欠けましたわね?

『お酒のせいで』小娘に懐に入られ殴られるなんて?


いくら『お優しい』お義理父様が手加減したとしても。

足元が覚束なければ?

『面の厚い小娘』に懐を赦すなんてありえませんものね?


あッ…………。

ドラキュ―ルは『礼節を重んじる』

私の攻撃をダンスと勘違いなさって?

『心を開いてしまわれた』のね?


なんてッ…………なんて優しいお義理父様なの?』


嫌味がぐさぐさと刺さるように雨のように降った。



「ッ…………ッ…………何者なんだ貴様ッ…………」


目の前の乙女は跪いてまだ立ち上がれないビグトリ―に影を落とした。

その顔は見ることは叶わなかった。

『格上』だと本能が叫ぶ。


馬鹿なッ…………。

この若さと妖精族の女が竜人族の退役軍人以上だと?

冷や汗が地面に吸い込まれる。


『ほら♡お義理父様はお酒を召されて『ルドルフの妻』もわからなくなりましたの?

『フローリア』ですわ♡


お義理父様?

今後お酒は『止めてください』ね?


この後召使いの方達が祝いに晩餐会を開くそうですわ?

花婿の代わりのダンス。

踊ってくださいますよね?』



「ッ…………ッ…………く。

酒がなければ勝ったさ。

もう一回だッ…………明日もだッ…………」


『あらあッ…………向上心を持つことは耄碌してからでも、遅くはありませんわ?

いくらでも胸を貸しますわよ?


(おい。爺。

ハクアちゃんの前でお母様貶してみろ?

捻って焼くぞ?あッ…………?わかったか?

………………いけませんわ。

執務室に綺麗な写真たてがありました。

他の備品は埃を被っていたのに。

………………心から愛した方を愛おしさ余って憎しみをぶつけてはいけませんわ)

さッ…………。

お義理父様。

嫁が『エスコート』しますわ?

年取っても若い乙女と踊れるなんて罪ですわ〜』



冷や汗がとまらないまま。

腹の痛みも腰の痛みも癒えないまま。

ドラキュ―ル現城主代理ビグトリ―は、夜通し踊らされた。


 後で調べた所。

ルドルフの嫁は妖精族国王の義理の弟『キンレンカ男爵』の一人娘。

ゴリゴリの武闘派。

妖精族の国立アカデミー在籍時は枢機卿の孫すら締め上げ、袖にし。

複数の信奉者から総攻撃も食らうが返り討ちにしたらしい。


とんだじゃじゃ馬が嫁に来たものだ。

他にも『毒婦』だの。

アカデミーの地位は身体で手に入れただの。

妖精族側近の愛人だの。


福祉事業に関わり『慈愛の女神』と言われていたり。

噂が錯綜しすぎて『謎』の令嬢であった。

後見人が妖精族国王と知ったビグトリ―は震え上がった。

無知とは恐ろしい。

いや。

ルドルフは『敢えて』伝えず。

ビグトリ―への『薬』として『毒婦』を宛行ったのだ。


ただ。

一つだけ否定できるもの。

それらは年の功であり、元色男の嗅覚とも言える。


「はッ…………。

『生娘』の毒婦などいてたまるかッ…………。

あれはただのじゃじゃ馬ッ…………末恐ろしいッ…………」


酒瓶を探す。

自室にあった酒のコレクションは全て。

料理酒へ早変わりした後である。


「忌々しいッ…………ッ…………」


ビグトリ―は知らない。

ハクアを産み落とし死に別れた妻を忘れられず、

荒れた生活を送っていた。

打ちひしがれた怠惰な日々でやつれた頬は今怒りで輝いているのを。


「ドラキュ―ルの゙嫁とは何か。

躾してやらんとなッ…………酒など飲んでる暇はないッ…………。


鍛錬だッ…………」


夜中裏庭でドカドカ音がするのを片耳に、フローリアはほくそ笑みながら「防音魔術」を発動した。

ハクアに絵本を読み聞かせ寝かしつけをしていたのだ。


「フローリアおねえさま………お父様。優しくなったのよ?

お酒臭くなくなったの。


おねえさまッ…………大好き。

ずっとずっとここにいてね?約束よ?」


フローリアは微笑んだ。


『貴女が「社交界」に出て。

お嫁に行く頃までにはもっと良くするわ。


貴女を幸せにする。

もちろん………お父様も。ルドルフおじちゃまも。』


「フローリアおねえさまも………………むにゃ………幸せになるよね?」


ハクアが眠りに落ちながら紡いだ言葉にフローリアは答えられずにいた。


あの方に『真実の愛』を貰えなかったとしたら。

離縁ならよい。

ただの『子を産む道具』か『籠の鳥』にされたら。

それすら『幸せ』と呼べるのか?


例えそれが『最愛のヒトの仕打ち』でもか?



『だめね。私らしくないわ。

なるわ。幸せになるわ。

私の未来は運命は私が掴み取るんだからッ…………』


フローリアはハクアに祈りのキスを送った。

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