第3話 ドラキュ―ル城

「「「ようこそ。ドラキュ―ル家へ若奥様」」」


ドラキュ―ル家の城は『暗黒の城』と呼ぶに相応しい城であった。

真っ黒な外観もさることながら。

使用人の顔色の悪さといったら。


快活で朗らかな妖精族の使用人達とは風貌も雰囲気も何もかも違っていた。

ここは。

時が止まっているようであった。

これは『落ちぶれる予兆』だ。


花嫁が隣国から輿入れしたのに小間使いから執事からこの覇気のなさ。

現城主代理も花婿の迎えもない。

やはり。

フローリアは内心期待した花婿の出迎えがないことには少し落胆したものの。

それらは想定内だ。

なんでも父親である妖精国の国王いわく。

ドラキュ―ル伯爵は早々と書類にサインした後、戦地に旅立ったと聞いていたからだ。

その戦地からわざわざ帰って花嫁を迎えるか?否。

ルドルフはしない。一人自嘲してしまった。

それでこそ難攻不落のルドルフ・ドラキュ―ル。



その代わりそこいたのは。

幼子を抱えた漆黒の瞳の紳士だった。


竜人族らしい浅黒い肌。

黒い髪を後ろに撫でつけ眼鏡をかけている気難しそうな紳士。

この方がドラキュ―ル伯爵の従兄弟のフランケルだろう。


「やあ。花嫁さん。よく来てくれたね。

私はフランケル。城主の従兄弟にあたる。

城の『城主補佐』と言ったところだ。

生憎。城主は多忙だ。

婚礼の儀は参加出来ないと便りがあった。

なんせ………『巨大化と凶暴化した魔獣狩り』という名誉職。


しばらく。帰らないだろう。

………………………ガッカリしたかい。」


彼は心底『同情的』にフローリアに笑いかけた。


『初めまして。フランケル様。

わたくしキンレンカ男爵家から参りました。


フローリア・キンレンカと申します。

お兄様とお呼びしても?』


ドレスの裾をつまみ上げ膝を折る最敬礼『カ―テシ―』をすると恭しく手を掴まれ起こされた。


「………厳密には城主の『弟分』だからな………。

国王の文官をしている。そんな最敬礼はいい。


………………フランケルと。

ここにいるのはただの城勤めのフランケルさ」


『………………フランケル様。

その愛らしい………姫君は?』


私は彼が抱える愛らしい白髪の幼子を覗き込む。

彼女は齢5歳ほどの美少女だった。


「城主の妹君だ。

彼等の母君は五年前に亡くなってね。

忘れ形見さ」


『まあッ…………お名前は?』


「はくあ………」


舌っ足らずのさくらんぼの゙ような唇が震えた。


「白鴉と書いて『ハクア』だ。

竜人らしくない………白髮でね。


それも………心を痛めてね。前当主の嫁としては繊細で優し過ぎた。

身体も弱くてね。


それからだ。ドラキュ―ル家の嫁たるもの。健康で胆力も武も知もあること。が加わってしまった。

そんな才色兼備。このドラキュ―ル家には来ないだろうと思っていたのに。

あいつは『社交嫌い』でね?

竜人国の貴族のパ―ティにも参加しない。偏屈なやつなんだ」


悲観的なフランケルの話をフローリアは片手間で聞いていた。

何故って。

いまは目の前の可愛らしいハクアに夢中だからである。


「まあッ…………白鴉。


奇跡の鴉ではありませんかッ…………。

本来なら黒が主流の鴉のなかから選りすぐりの個体。

神話の世界の鴉ですわッ…………。

竜人らしくないこともまた個性。

妖精国と竜人国が和平を結んだ時代ですもの。

この子の個性を一族が嘆いてはいけませんわ?

自らの『知見の狭さ』を幼子に被らせるおつもり?」


フランケルは目を見開き腕の中の幼子を撫でながらため息を吐いた。


「君との縁談を選んで間違えはなかった。

君ならこの『止まって朽ちるだけ』のドラキュ―ル家を。

ルドルフが受け継ぐこの家を『復興』してくれるのではないかと。

外部からの新しい風が欲しかった。

偏に私の不甲斐なさだが。

怒れる〝竜〟を御しきれないでいる。


竜人国の国王からのお墨付きをもらってね。

君は相当強く胆力がある。才女で………。冷酷な中にも慈悲深く。

子ども好きだとも。

妖精国の国立アカデミーを『首席』で卒業したそうじゃないか。


でも。君は………きみは。こんなにも魅惑的だ。

引く手数多だろう?

何故?こんな家に嫁ごうと?

冷血伯爵が恐怖政治をひくサンサン地方。

領地に殆どいない戦地狂いのドラキュ―ル。

悪名高きドラキュ―ル。


しかも城主は不在だ」


「まだ見ぬ旦那様に惚れ込んでいるから。では不服ですか?」


「………………面識があるのかい。

あいつは意外とモテるなあ………。

何でも『建前』だけど『妖精国の姫様』からも政略結婚の打診があったんだよ?

彼女も才女で美貌を誇っているらしいね?


君も含め『妖精族』の女は皆儚げな美女ばかりだ」


『………………わたくしの片思いですの。

所詮は押しかけ女房ですわ。

ついでにお家の復興もやり遂げて外堀を埋めようッ…………てプランですわ?


もうひとつ。

加筆修正が加わりましたけど。

可愛らしいハクアちゃんを立派な令嬢にしなくては』


フランケルからハクアを受け取る。

ハクアはフローリアを見上げると大きな瞳を煌めかせて小首をかしげる。


「新しいあかあたま?」


「ッ…………ハクアッ…………」


『まあッ…………光栄だわ。

でもお父様には。愛するお母様は一人だけ。

私は『おねえさま』よ。

フローリアおねえさま。


わかるかな?』



「お姫様のドレス………なのに?」


『ふふッ…………。ルドルフ様のお姫様なの。

わかる?ルドルフおじちゃま』


「ルドルフさまッ…………!おてがみくれる。

難しくてわかんないけど。


ハクアを………あいしてるって………………」


『まあッ…………素敵なルドルフおじちゃまね?

おねえさまもね?大好きなのよ?』


「この家の現状を見たら。気が変わるかもしれないよ?」


フランケルは冷めたような諦めの瞳でフローリアを覗き込んだ。

フランケルはこの『暗黒の城』の惨状が一番にわかるのだろう。国王にも貢献している方。

故に。

闇に飲まれやすいのだろう。

裏切りも、策謀も、身近に感じているのか。


それらに飲み込まれ擦り切れ。

光を見失ったヒトに見えた。



『わたくし。逆境こそ咲き誇る毒花ですの。

このドラキュ―ルの闇くらい。養分にして咲かせてみせますわ。

毒をもって毒をせいす。よ。


さ。現『城主代理』。お父様のところまで案内してくださる?』


「城主代理は酒浸りだ。

優秀な部下がいるからなんとか回っているが。

君の役にたつとは………………とても」


『あら。でしたら』


フローリアは妖艶に微笑む。

その挑戦的なまでの綺羅びやかな瞳の輝きと微笑に、庭にいた全てのものが魅了された。

そのくらい彼女は美貌も魅了も最大限に発揮したのだ。



『「躾」が必要ですわね?』


ニッコリ笑いながら踊るような軽やかさでフローリアは、暗黒の城に乗り込んでいったのだ。



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