第1話 わたくしッ王女辞めますわ!

 「ルドルフよ………。

どうしても駄目かの?

我が姫では不服か?

何分………。我が『王家』の伝統で嫁入りまで顔を晒せないが。

絶世の美女なのは保証する。

『妖精国の姫』がお前を好いているのだ。

『竜人国』の伯爵のそなたと『政略結婚』。

最近友好の証としてそちらの王家の姫と我が王子も婚礼を挙げた。


どうか………。

どうか。受けてはくれないかの………?」


その声色は困惑と嘆願とが入り混じり、『妖精国』の国王としての威厳は皆無である。

柔和で見るからに『優男』の『妖精国』国王フランシス五世は、目の前の武骨な軍人に平伏する勢いである。


その目の前の軍人『竜人国』伯爵のルドルフ・ドラキュ―ルは憮然と『迷惑』な表情を隠しもせず跪いている。

浅黒い肌。

筋骨溢れる体を白い軍服が包んでいる。

背丈は優に二メートルは超える。

髪は赤い燃えるようなくせ毛で。

その双眸はまた炎のような隻色である。


『竜人国』の国民らしい出で立ちの彼は今、『妖精国』に『使者』として書状を渡しに来ていた。

その中での『政略結婚』の打診。


(図られたな……)


ルドルフは深くため息を吐いた。


昨今『妖精国』と『竜人国』は休戦状態であった。

それをお互いの『利害の一致』を理由に『和平条約』を結んだのだ。

偏に妖精の魔術と竜人の武力がないと解決しない問題に国同士が『折り合い』を付けたのだ。


その友好国からの『政略結婚』の打診。

何か裏がある。

なんせ自分は王家との繫がりはない『辺境の伯爵』なのだから。

さっきよりも長い長いため息を吐く。

それだけで目の前の『孝行爺』の『妖精国国王』は飛び上がるほど怯えた。

彼等にとっては自分は『野蛮』なのだ。

そんな自分を『好いている』。

眉唾ものである。

俄に信じがたいのだ。

妖精国の美醜と竜人国のそれとは乖離があるのだから。


「恐れながら。「妖精国」の国王よ。

わたくしはもう中年の身。

武骨に………。魔獣退治の戦に明け暮れた武将。

伯爵の爵位とは名ばかりの本来なら『名誉爵位』。

わたくしの代で子供が居なければ剥奪される爵位です。


そちらの王家のおひいさまを娶るには………。

分不相応。


それに。

わたくしは領地を長く空ける身。

蝶よ花よと大事に育てられたおひいさまを迎えるには過酷な地であります。


土地も………。

農作物で栄えた土地。

華美さも娯楽も少ない土地。


図太く、忍耐強く、野生の魔獣退治も出来る女傑でないと。

女主人は務まりません。


か弱いおひいさまをむざむざ病ませるおつもりで?

王様も冷静にお考え下さいませ。

失礼ッ…………」



「あッ…………ルドルフよッ…………」


無骨な軍人らしい礼をすると、ルドルフ伯爵は王の間を退室した。

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 「だとさ。姫や。諦めてはくれんかの?」


妖精国の王フランシスは玉座の背後に言葉を投げかけた。


「今のでハッキリしたではありませんの。

彼は『女傑』をお望み。

『高貴』さえ無ければ成せる条件ではなくて?お父様?」


玉座の背後の隠し部屋から金褐色の髪の美女が姿を現した。

王の間にいる側近や貴族は感嘆の声を漏らした。

可憐な儚い少女と大人の狭間の美しさを匂わせた『花の妖精女王』とは彼女だと言わしめる可憐さ だ。

王女フローリア。

プリンセス・ロゼ・フローリアはその儚い風貌を裏切る鋭い翠の瞳を父親である王に向けた。


「本気なのか………?フローリアよ。

ああッ…………。

まさかそなたは『あれ』を見てしまったのかい?

彼が『運命』だと。

彼の危機を。

お前の母親のように………」


「お父様。その『まさか』ですわ。

わたくし。どうせ散る花なら。

このまま『行かず苔』で萎れるより。

愛に生きて散りたいですのッ…………。

わかってくださいませんか?お父様」


国王は泣き出した。

側近もむせび泣く。


「わたくし。母の二の舞は御免ですッ……。

か弱かった母は『耐えられなかった』。

わたくし。研鑽しましたわ。

魔術以外でも生きる術を身に着けたつもりですわ。

彼のおっしゃる『か弱いおひいさま』ではないの。

………………………泣かないで。お父様。

わたくし。立派に『愛』も『危機の阻止』も両方拾ってみせますわッ…………。


わたくしッ王女をやめますわッ!」



「ッ…………姫。

それでこそッ…………我が妹の娘。

私のッ…………愛する姪だ」


貴族の列から一人の美男子が躍り出た。

キンレンカ男爵。亡き王妃の兄である。フローリア姫の叔父にあたる男である。

妖精国には珍しい黒髪を後ろに撫でつけた美貌は頬の傷が損ねている。

彼は『妖精国』の武人であり。

フローリアの師匠にあたる男である。


「キンレンカ男爵………………。

叔父様………。

わかってくださるの?」


フローリア姫は涙ぐみながら叔父に抱きついた。

この二人は仲睦まじくその様は本当の親子のようであった。

王が多忙の中、姫の面倒を鍛錬を殆ど男爵が見ていたと言っても過言ではなかった。



「あぁ。妹も。

身体が弱いのに『愛する彼のため』と嫁いでいった。

あの『意志の強い瞳』にソックリだ」


叔父の言うその『愛する彼』である国王はむせび泣く。

娘が旅立つ時が来たのだ。

それがもしかしたら『今生の別れ』になるかもしれない予感を孕んでいた。

そんな悲壮感を姫は一蹴する。


妖精国の女は総じて儚く手折れるほどのか弱さと美貌を誇る。

フローリア姫は確かに『妖精国の王女』らしくはなかった。

彼女はもしかしたら『竜人国』に行くことが運命だったのではないか。

そう思わせる『じゃじゃ馬』を発揮してきた姫を止められるものはこの王国にはいなかった。


皆この『王女らしくない』彼女を滅法愛していて。

彼女を止めたところで『生きる屍』になる彼女を見たくなかったのだ。


「決意は硬いな。

そなたは今日から武人『キンセンカ男爵』の令嬢だ。

いつでもッ…………辛かったら。帰って来るんだぞ?」


「では?改めて打診して下さいますか?」


「あぁ。今度は「正式な書状」をあちらの国王に送る。

なに。了承させるさ。父を信じろ」


「お父様ッ…………」


画して『妖精国』の王女は。

愛のために隣国『竜人国』の辺境の地サンサン地方に旅立ったのだ。


政略結婚から始まったこの婚姻が。

甘い溺愛に染まった真実の婚姻になるのは、五年後の話である。




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