第8話 スキャンダル

 旭はコートや鞄など、身の回りの物をかき寄せ、席を立つ。


「もしも否定を続けるのなら、僕にだって手立てはあります。宿で逗留していた編集者から名刺をもらっていますから。洗いざらい話します」


 コートに袖を通した旭は笠井に釘を刺してきた。

 だが、それよりも自分以外の男が旭に名刺を渡していたなんて、油断も隙もあったものではないとの嫉妬がこみ上げた。


「君は僕を脅迫するのか」

「そうですね。どの出版社でも執筆を求める一方で、作家のスキャンダルをも求める矛盾を平気でしている。恋愛の人気作家が宿の女中を安易に孕ませ、自分の子ではないなんて言い張る醜聞しゅうぶんが、あなたの今後にどんな影を落とすのかぐらい考えて頂けませんか」


 最後に鞄を持ち上げて、肩越しに旭はにやりとした。

 笠井にどこにも逃げ道がないことを知らしめたという笑みにも見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る