第26話 逆だよ

 曇りガラスの引き戸の向こうに、派手な銘仙の着物姿の女が一人で立っている。

 このまま居留守を使っても、後からあれは誰だったのかで煩悶はんもんするに違いない。

 意を決した笠井は草履を履くと、建付けの悪い引き戸の鍵をガタガタ開けた。

 すると、そこには目鼻立ちがはっきりとした洋風の派手な女が着物の上にショールを巻いて待っていた。


「なんだ。君か」

「あら、お言葉ね。私なんかでがっかりしたとでも仰るの?」

「いや、逆だよ。君で良かった」


 強張った肩の力を抜いて、笠井は堀越奈美恵ほりこしなみえを招き入れた。


 堀越は笠井と男女の関係を結んだ女の一人だ。

 けれども、どうにも佐々木泉が上京して訪ねて来る予感に囚われ、腹の底に石を詰めたような陰鬱な心持ちでいたからだ。


「美味しい干物をたくさん分けてもらったの。焼いて一緒に食べようと思って」

「そりゃ、いいな」

「じゃあ、台所を借りますよ」


 奈美恵は土間の柱の釘にかけられた割烹着を着て、代わりにショールを釘にかけた。

 見かけは仰々しくても甲斐甲斐しくて、よく気の回る女なのだ。

 奈美恵は干物を焼きながら、ジャガイモを煮るだの、夕飯の支度を始めていた。


 奈美恵がしてくれることは泉もしてくれたことなのだけれど、粘着質で恩着せがましい泉には感謝の気持ちではなく重苦しい溜息が漏れるのだ。

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