第23話 見当違い

 「いやぁ、とんだ見当違いだったものだな」


 泉と二人で宿に戻った笠井は、着ている方が凍えるようなフロックコートを部屋で泉に手渡した。泉はハンガーにかけて泥まみれのコートに訝しげな眼差しを向けて言う。


「お転びにでもなられたんですか? コートがこんなに汚れてしまって」

「盛大に転んでしまって、このざまだよ」

「お体の方は?」

「ケガとかは一切ないよ、ありがとう」

「それなら固まった泥を早く取らないと」


 部屋を出ようとしかけた泉の手を、笠井は衝動的に掴んで引き戻す。


「先生?」

「あの子が君の弟だと知って嬉しかったよ。これでひとつ個人的な縁が繋がった」

「先生」


 くずおれるようにして膝立ちになった笠井は芯から冷えた手の冷たさを愛おしいと初めて感じた。

 呆けたようになっている泉をグイと引き寄せる。 

 そしてそのまま泉を押し倒す。

 組み付された少女は目を見開いて押し黙る。笠井がキスの形で顔を寄せても逃げ出さない。


「先生……」

「嫌かい?」

「いいえ、いいえ。先生、私は……」


 組み付したのは本当に自分の意思なのか、泉のものかもわからないまま、口接する。

 泉は怯える素振りも見せずに笠井の舌に舌を絡め、艶めかしくついて来る。

 ああ、そうか。

 手練れた泉の所作に笠井は納得した。

 この少女は村で身体を売って弟を育ててきた。過疎の村の希少な娼婦でもあったに違いない。

 笠井がうなじに吸いつくと、甲高い甘美な吐息で応えてくれる。

 背中に腕を回された笠井は泉の着物の帯を解き、冷え切った華奢な身体に無骨な手のひらを這わせたが、感じたようにのたうつだけで拒絶の声は発さない。


 また、こうだ。

 こうして欲しいと望まれたなら拒絶ができない自分がいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る