第20話 人権侵害

 程なく二人の警官に連れられた佐々木旭が宿まで来た。

 すでに後ろ手に縄を掛けられ、犯人同様の扱いだ。


「まだ逮捕にも至ってないのに縄をかけるなんて人権損害だ。今すぐ解いてもらいたい」


 息巻く笠井に旭が訝しそうな視線を向けてきた。

 笠井の背後には記者たちが面白い記事のネタを手ぐすね引いて待っている。あることないこと書かれる前に笠井の言う通りにした方がマシだと判断したのか、思いのほかあっさり聞き入れられた。

 警官に囲まれながら、縄のあとがついた手首を擦る旭はほうけたような顔つきで笠井を見る。


「旭」

「姉さん」


 美しい姉と弟が互いを呼び合う。二人とも語尾が震えていた。


「大丈夫。心配いらない。僕ももの書きのはしくれだ。あちらの出方があまり理不尽だと感じたら、いくらでも週刊誌に書いてやる」

「ありがとうございます、先生。どうかよろしくお願い致します」


 感無量といった声音で泉が腰をふたつに折る。

 

「行くぞ」


 忌々し気に告げた警官に笠井も同行する。

 日が傾いて周囲に夜気が流れ込む。川で濡らした長着のままの笠井は凍えて首をすくめ、小刻みに奥歯を鳴らしていた。


「せっかく本物の事情聴取だ。何かいいネタのひとつでも拾ってきてくださいよ」


 置き去りにされた編集者が笠井を冷やかし、半ば嫌味を言いつけた。

 これでまた原稿の仕上がりが遅れると、嘆息している気配を背中で感じて笠井はいっそう縮こまる。

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