第17話 警察

 笠井と一緒に山麓の宿に泊まり続ける編集者達は、鹿の焼肉や味噌鍋を囲んで酒を飲む。その賑やかな座敷に編集者から合流を促されたが、笠井は肩をすぼめただけだ。


「どうも僕は苦手でね」

「そうですか? 新鮮なジビエでしたら召し上がれるんじゃないですか?」

「いや、今夜は遠慮しておくよ。僕に構わず楽しんでくれたまえ」


 腹は減ったが、座敷に上がれば嫌でも「ひと口ぐらい」と迫られる。

 笠井は座敷に並んだ膳の上に料理を乗せたり、空になった皿を引いたり、甲斐甲斐しく働く泉に言いつける。


「手が空いたらで構わないから、あとで握り飯か何かを部屋まで持ってきてくれないか?」


 すると、泉の顔がパッと華やぐ。


「畏まりました」


 また何か余計なサービスを思いついたのでなければいいのだが。

 笠井は自分達の担当仲居が泉であることを呪いながらも、泉につられて弟の旭を想起する。

 泉もなかなかの美人であり、さびれた宿の仲居にしておくにはもったいないとは言えるだろう。

 ただ、それ以上に弟の旭は美貌も存在感も勝っている。

 しかし、旭の方は流行作家にまったく興味を示さないどころか、毛虫でも見るような目で鼻白むありさまだ。


 座敷に集う編集者達に顔を見せ、一応の礼儀を通したところで、笠井が二階の部屋に引きこもろうとした時だ。

 表玄関の引き戸が乱暴に叩かれて、ガラスが鳴る音が響き渡った。


「警察だ」


 夕飯時のほっこりとした時間に反して、不穏な怒声が一階の座敷にまで轟いた。

 早く開けろと言わんばかりに戸を叩く警察官に一体何の騒ぎだと、年老いた仲居がぶつくさ呟く。前掛けで手を拭きながら廊下を進み、玄関に下りると、引き戸を開けた。


「一体どうされましたかね」

「殺人だ」


 さばけた口調で問い質す老婆に警官が一言答える。

 

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