第3話 気晴らしに
息抜きしろと誘う女は拾い終えた原稿を、正座している腿の上で天地左右を整えた。
眩し気に両目を眇めた笠井は建付けの悪い窓の外に目をやった。
雪解けを促す春の日射しが恋しく思えた。ここに来てから砂利石を踏む感触を、久しく感じていなかった。
「宿の者しか使わない通路を使って裏玄関まで案内しますよ。座敷や玄関口でお待ちになっていらっしゃる出版社の方々とは、顔を合わせず外に出ることができますし。気分転換なさった方が、きっと筆が進みますから」
そうすることが笠井のためだと無邪気に信じて疑わない。
だから笠井の返事を確かめたりなどしないのだ。
笠井は組んだあぐらをほどいて立つと、腰に手を当て、芝居がかった伸びをした。
「それじゃあ、裏口までこっそり案内してくれる?」
日射しの強さは春とはいえ、風は肌を刺すかのように凍えて冷たい。
本当はまだ火鉢を抱えて炭の上に網を乗せ、餅など焼いていたかった。けれども女中は嬉々として、笠井にコートとマフラーと帽子を次々手渡す。
どうして自分はこうなのか。
行きたくもない散歩に出かけることができる喜び。それをニヤニヤしながら演じている。
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